2008年8月20日水曜日

9月例会のお知らせ

地域の環境の評価

 話題提供者 浜泰一氏

東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程

日時 2008年9月12日(金)18:30
場所:相模原市南新町児童館

「評価」という言葉はよく使われますが、その本質は、あるものに社会的な妥当性を持った順位をつけることにあります。

地域の環境は、人々の五感にさまざまな情報を与え、いろいろな認知過程を経て、いろいろな結果をもたらしていると考えられます。環境影響評価法の施行もあり、開発などが行われる前に環境アセスメントは実施されていますが、このような視点での十分な評価は与えられてはいません。

ところで、「子どもを環境の良いところで育てたい」という言葉をよく聞くと思います。人々はただ健康のことだけを考えて、こう言っているのでしょうか?私は、そうではなく道徳的にいい子に育つことを期待して発言しているのではないかと考えています。因果関係が実証できない社会調査などでは、その期待を裏付けるような結果が出ていますが、まだハッキリとは言えないのでアセスメントには使えていません。私は、この影響を地域の環境の評価の中に入れるべきであると考え、その存在や程度の確認を行っています。

社会的ジレンマの典型であると言われている環境問題の解決のためには、自分だけでなく、他人を思いやる精神をもって協力し合うような高い道徳性が重要であることは直観としても理解できると思いますし、社会学の研究でもその効果が確認されています。

地域の環境が人々の道徳性に与える影響は、親のしつけなど、他の要素が及ぼす影響に比べて相対的に小さいと考えられますが、実際に確認できれば、地域の環境に対して、本来、評価されるべきなのに見落とされていた新しい視点を与えることができると考えています。

【浜泰一氏 プロフィール】

19651月 和歌山県御坊市で生まれる

19833月 和歌山県立日高高校卒業

19883月 横浜国立大学教育学部数学科卒業、4月から神奈川県立高校教諭に

20063月 東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程修了

     (自然環境評価学分野、環境学 修士)

20084月 退職し、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程入学(生物圏情報学分野)

2008年7月5日土曜日

7月例会のお知らせ 静止画を用いたストーリーのある映像の製作

・実践者 岡田 大輔 (yansenmu) (私立中学校 司書教諭)
・日時 2008年7月13日(日) 14時~17時
・場所 和光高校 コンピュータ室
http://www.wako.ed.jp/s/about/access.html
・内容
 実践者が一昨年度まで前任校(都立高校)で行った,
「情報科でメディアリテラシーを教える」授業を
ワークショップ形式で報告する.
・(生徒の)目標
 -コンピュータを使って,簡単な動画を編集することができる.
 -例示されたものと全く逆の視点によるストーリーを製作することができる.
 -写真の並べ換えと字幕によって,現実とは関係なく,意図のある映像が作成できることを知る.
・活動
 -14時~14時30分 実際に行った授業の一部分を再現して行う.
  *実践者が作成した「シマウマがライオンに倒される」ラストシーンを見る.
  *windows movie maker を用いて,先の映像の前にいくつかの写真を挿入し,操作方法に慣れる.
  *実践者が作成したライオン視点の映像を見る.
 -14時30分~16時30分 映像の制作,発表・相互評価
  *シマウマ視点でのストーリーを考える.
  *自らストーリーに合うよう写真を入れ替え,追加する.
  *字幕を入れる.
  *発表会.相互評価.
 -16時30分~17時
  *自由討議

お忙しい時期ではありますが,ぜひお越しください.

2008年5月11日日曜日

6月例会のお知らせ

音のメディアリテラシー ~サウンドスケープの視点から~

話題提供者 兼古勝史氏(武蔵大学講師・JANJAN映像部)

日時:2008年6月27日(金)18:30~

場所:相模原市南新町児童館

3年前、我が家のテレビが壊れました。画像が出ない!スイッチを入れてから10分間「音だけの」テレビを聴くはめに…。すると、いろんなことが見えてきたんですね。テレビを「音のメディア」として読み解くと、映像の影に隠れて見えにくかったメディアの意図や、テレビの中に息づく音の文化が不思議と見えてきます。

サウンドスケープとは私たちが体験する「音の風景」=聴覚的環境・聴覚文化に関する研究・実践の領域です。サウンドスケープの視点からメディアリテラシーにアプローチすることによって、単なる音の「制作論」や「演出論」にとどまらない、メディアを鏡にして私たちの感性や文化のありようを考える、そんな音のメディアリテラシー教育の可能性が見えてくるような気がしています。

【兼古氏プロフィール】

高等学校音楽科講師、サウンドスケープ研究機構研究員(音のまちづくり、音環境・音文化の調査研究、音の環境教育)を経て、平成2年よりBSラジオ放送「セント・ギガ」ディレクターとして日本・世界各地の音の風景の録音・番組・ライブラリー化を担当。平成8年からCSテレビ放送局にて「旅チャンネル」プロデューサとして「日本音紀行」前100話など担当。その後ケーブルテレビ業界等を経て、現在日本インターネット新聞社(JANJAN)映像部勤務、武蔵大学社会学部非常勤講師(サウンドスケープ論)、日本サウンドスケープ協会理事。近年は早稲田大学エクステンションセンター、千葉大学教育学部附属中学校などで「音のメディアリテラシー」教育の実践等を行う。

2008年4月29日火曜日

5月例会のお知らせ

「メディア・ウォール」/「目隠し構造」を対象化する授業実践

話題提供者:井上恭宏氏(神奈川県立横浜修悠館高校教諭)

日時:2008年5月16日(金)18:30~

場所:相模原市南新町児童館

<井上さんのレジュメより>

私は2006年度、2007年度と学校設定科目「時事問題」(2年次の必修選択科目)を担当することになった。「何を伝え、考えあうか」。教科担当者の自主的裁量に任される科目である。しかし、いざ「任される」となると、さまざまな思いがよぎる。とまどい、躊躇、アイディアの貧困。「自主教材で、自由にやってご覧なさい」と言われて、「それではできない」というのも情けない。ここでは、2006年度と2007年度前半の学校設定科目「時事問題」にいかにとりくんだかを報告する。手探りでのとりくみを正直にリポートしたい。そのことによって、学校設定科目の新しい実践につながればと考えている。

2008年4月10日木曜日

ニュージーランドのメディア・リテラシー教育の現状

かながわメディアリテラシー研究所・法政土曜会共催企画

 

ニュージーランドのメディア研究者のリーランド先生をお迎えして、ニュージーランドのメディア・リテラシー教育の現状をお聞きしながら、楽しく交流したいと思います。

 先生は特に高校と大学におけるメディア・リテラシー教育に関心があり、日本とニュージーランドの研究者・実践者との交流を希望されています。

通訳をつけるべく鋭意努力中。

  ゲスト

  ニュージーランド ワイカト(Waikato)大学准教授

  Geoffrey Ronald Lealand先生

  Screen and Media Studies専攻

  http://www.waikato.ac.nz/film/staff/scme/lealand

主催 法政大学図書館を語る土曜の会 http://lc.i.hosei.ac.jp/

    かながわメディアリテラシー研究所  http://kmnpas.cocolog-nifty.com/blog/ 


日時 4月20日(日) 13:0015:00

   終了後、交流会を行います。

場所 法政大学市ヶ谷キャンパス

   http://www.hosei.ac.jp/hosei/campus/annai/ichigaya/campusmap.html

   55年館2階(正面玄関のすぐ上)    キャリアデザイン学部情報ルーム

会費 500

連絡先 法政大学資格課程準備室  菅原 (Tel/Fax) 03-3264-4360

*転載自由

2008年3月27日木曜日

3月例会 「社会系教科とメディアリテラシー その2」 参加報告

2008年3月14日 18時30分~21時30分

 「社会系教科におけるメディアリテラシーの育成 -神奈川県立高校での実践を手がかりにして-」という修士論文の報告があった。この研究の目的は、高校の社会科教育においてメディアリテラシーを育成することを定着させることである。

 まず、発表者はこの研究におけるメディアリテラシーを「コミュニケーションにおいてメディアを意識化すること」と定義している。「コミュニケーション」がメディアリテラシーの目的概念であり、「意識化する」とはメディアを情報とともに批判的にとらえることである。この「批判的」は、いわゆる「クリティカルシンキング」で言うところの適切な基準や根拠に基づく理論的で偏りのない思考のことである。

 このような「メディアリテラシー」と社会科教育との関連であるが、学習指導要領では「情報活用能力」は強調されているが「批判的」思考は示されていない。公民科の教科書を調べてみると、ここ数年でメディアリテラシーという用語は記載されるようになったが内容は不統一である。社会科の目標は「社会認識を通して市民的資質を育成する」が一般的だが、では社会科でメディアリテラシーを育成するとはどういうことなのだろうか。発表者はそれを「動的な社会認識」という概念で説明しようとする。これは森分孝治の社会認識モデルや上田薫の動的相対主義をもとにした社会認識についての考え方であり、社会科の学習対象である社会事象と学習者自身がともに動的であり、変化するということを前提としている。そこで重視するのが、社会事象に関わる人々、認識する自分、メディアに関わる人々を意識することである。つまり人間を意識すること。これらの人々の間で形成されるコミュニケーションを、「メディアリテラシー」の概念でとらえ直したということであり、換言すれば、社会科でメディアリテラシーを育成することは社会認識を動的にしていく契機となるということである。「動的な社会認識」とは、生徒たちが社会事象を認識する際にその事実を無批判に受容するのではなく、事実の妥当性を話し合いなどにより協同的に評価して一定の基準を策定し合意形成をめざす。一方、生徒自身に内在化した知識を静的な状態に置かずに、必要に応じて批判的に再評価するというものである。

 さて、現実の社会系教科の授業ではメディアリテラシーはどのように取り扱われているのだろうか。すべての神奈川県立高校を対象とした調査の結果、 2006年度では175校中16校でメディアリテラシーに関する社会系教科での授業実践があることがわかった(アンケート調査は本研究所の協力の下で実施した)。ちなみに「メディアリテラシー」という名称の授業を実践していたのは、生田東高校の情報科(学校設定科目)だけである。
 実際に授業を見学したのは6校。川崎高校、相模原総合高校、麻生総合高校、横浜旭陵高校、山北高校と生田東高校である。授業記録が残されていた湘南台高校は、DVDからテープ起こしをした。これらの実践を授業形式で①考え方・調べ方型(川崎、相模原総合)、②インターネット調査型(麻生総合、横浜旭陵)、③発表・討論型(山北)、④複合型(湘南台)の4つに分類した。これを分析したわけだが、生徒を対象に単元の前後で実施したアンケート(事前172 人、事後161人)からはあきらかな変化はわからなかった。教師へのインタビューでは、教師が明確な目的意識を持って自主的に授業を構成していることがわかった。この目的意識とは、指導要領や成績に直接関わることというより、「市民としての意識を持つ」、「主権者となる」、「自分の意見を持つ」など教師の中から生じたもので
ある。学習のテーマとなっていることは、いわゆる時事問題と生徒から立ち上がってくる問題であり、それによって生徒の主体性をうまく引き出していた。メディアリテラシーの育成については、例えばインターネットでの調べ学習の時、生徒が疑問を持った個別具体的な場においてメディアを批判的にとらえる支援がなされていた。例えば虐待の問題を考えるときに、被害者としての子どもという報道がありがちだが、養育者=加害者ではなく、養育者自身の状況を考えさせる視点を持たせることがある。また、教育委員会の規制画面が出たときにそこで止めてしまうのではなく、その画面が出てくる意味をともに考えるなどである。

 結論的に提示されたことは、生徒たちと社会事象との間のコミュニケーション、学びに参加する生徒たちや教師との間のコミュニケーションに価値があるということ。このコミュニケーションの形成が市民的資質の形成へとつながり、生徒たちが自分の意見を持つことが社会認識へつながるということである。 そしてこれからのめざすべき授業実践のかたちは「わかりにくく、静かではない授業」である。つまり社会事象を批判的にとらえて教科書等もメディアとすると、正解は提示できないという意味でわかりにくい。生徒たちが意見や疑問を出しあうという協同的な学習が展開されれば、静かではないということである。そ
こで教師に求められることは、話し合う場面を積極的に設定することと、授業の目的を明確にして先導役、調整役となることである。

 今後の課題として最も大きなものが評価である。一体何をもって動的に社会を認識したのかを判定するのか、そもそも評価できるのか。学校という一定期間内の成果を評価するということとなじむのか。生徒たちに事実の解釈の多様性を認めたとき、評価の公平性をどう保障するのか、等々。参考になるのが、ポートフォリオ評価、ウェビング法(マインドマップともいう)を応用した評価方法ではあるが、これらとて基準設定の問題が残る。
 もう一つはどのように教師自身にメディアリテラシーの考え方を定着させていくかということ。これも簡単なことではなく、マクロな視点が必要である。
 またこのような研究成果に基づいた授業の実践と検証が発表者への宿題だ。
 質疑では、評価に関しては「評価にウェビング法を取り入れたとしても、生徒が意図的な変化を見せることもあり得る」、「塾でその対策が講じられる」というコメント。「自分で考え、そのことを表現するなどの基礎的なことに時間が割かれ、メディアリテラシー本来のことに時間がとりにくくなる」、「探究的な学習の切り込み方の一つとしてメディアリテラシーがある」等という指摘があった。また社会科教育に関して「教基法変更や日本史必修の流れと、(メディアリテラシーがめざす)民主的な考え方や市民意識は対極にある」、「価値や態度にどう踏み込むのかが難しい」、「公民と市民の違いは?」、「日本でのシチズン
シップの育成は?」といったシャープなつっこみがあった。

 長くなったついでに発表者がこだわっていることにふれる。それは「メディアリテラシーを身につけた姿とはどういう姿か?」である。相変わらず漠然としているのだが、今回の発表後にあることに気づいた。それは「この姿こそ動的であるべき」ということである。完成形はなく、あったらおもしろくない気がする。
もっともこの考え方では議論が循環するというか、答にならない感じもするが…。

鈴木佳光

謝辞
 修論作成から今回の発表に至るまで、アンケートの実施や丁寧な助言と建設的な「批判」等々、研究所のみなさんにはたいへんお世話になりました。この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

2008年3月4日火曜日

メル・プラッツ 第六回 公開研究会 参加報告

東京大学 本郷、工学部 2008年2月23日 14~18時
 今回は「あらためてメディアリテラシーを問う」と題して、今までの振り返りを中心とした学習会でした。発表者が何かを提示するというかたちではなく、6つのテーマに分かれて参加者が議論を交わし、最後にそれぞれのグループが発表するという形式です。2時間以上話し合いの時間が確保され、多くの方と話す機会ができてとても楽しい会でした。
 6つのテーマとは以下の通りです。
 「メディア・リテラシーという言葉、理論と思想」、問題提起水越伸・コー
ディネーター伊藤昌亮(以下、この組み合わせで記す)。
 「学校教育での可能性と課題」、北村順生・村田麻里子。
 「マスメディア、ジャーナリズムとの関わり」、境真理子・本橋春紀。
 「ポピュラー文化、メディア文化との関わり」、ペク・ソンス・飯田豊。
 「ミュージアム、アート、デザインとの関わり」、高宮由美子・宮田雅子。
 「ワークショップの場づくりの方法、技術との関わり」、水島久光・土屋祐子。
 各テーマの問題提起者がはじめに話してから、参加者が自分の関心のあるテーマに分かれて話し合います。それぞれ十人前後に分かれましたが、移動は自由です。私は「学校教育での可能性と課題」に出ました。
 グループのメンバーは9人で、マスメディア関係者、指導主事、区会議員など多彩な顔ぶれのなか、現職の教員は2人でした。最初に自己紹介をしつつ各自の問題意識を話したのですが、その内容は、一通り発言し終えたときにコーディネーターがあ然とするほどまとまりのないものでした。「出前授業に行くと丸投げされてしまう」、「メディアリテラシーを科目にして、小学校・中学校からやるべきだ」、「生きる力として扱うべきだ」、「特区を取り、「読解力」の授業の中で展開している。教師の負担はあるが、科目を置くことのインパクトは大きい。」、「既存のカリキュラムに追加するのではなく、何かを減らすことも必要」、「メディアリテラシーは教科書にしにくい」、「情報科の教師の意識は低い」、「教師にメディアリテラシーがない」等々。私は社会科教育の立場から必要性と課題を発言しました。
 そもそも何か結論的にまとめるという主旨ではないのでこのような展開は予想はしていましたが、あらためて学校教育でメディアリテラシーを扱うときの課題の多様さと大きさが浮き彫りになりました。しかし率直な感想としては、なぜか「前途多難でたいへんだな」というのではなく、その「たいへんさ」がおもしろそうというか、スリリングな感じを持ちました。あと話題としては、メディアリテラシーを実践していくための予算のこと、教師にメディアリテラシーが必要という話し、教師同士のネットワークがあまりないというようなことがありました。
 全体の発表の場での発言「メディアリテラシーは学校教育に一見関わっているように見えるが、実は水と油なのではないか」は、目からウロコでした。そう、「水と油」だからたいへんなのです。だから私はおもしろく感じるのでしょう。
さらに言ってしまえば、「学校が拒むもののなかには、学校に必要なものがある」、「学校に入りにくいものほど、学校にとって重要なものである」などということを考えたのでした。
 他の分科会の内容は、メルプラッツのサイトに報告が載ると思われますので、そちらを参照してください。
 次回は3月28日(金)17時から、東大本郷キャンパス内にオープンした福武ホールで「学環えんがわワークショップ」を中心とした公開研究会だそうです。
鈴木佳光