2005年10月31日月曜日

11月2日のエクソサイズはこれです!

 先のブログで告知したとおり、練習問題の見本を掲載いたします。今作りましたので、字数が多く460字ほどあります。まだ読んでないので90秒で収まればこれでよし。収まらなければどこかを切ります。
まあ、そんな感じでやってみていただければと思います。 kjでした。

見本
 ○○高校の中澤です。社会科の教員ですが、いまメディアリテラシーを教えています。初めてということもあり、教材研究が間に合わず戸惑いも多いのですが、新聞報道の各紙の比較検討、テレビCMの分析、コンピュータをつかってのビラの作成やグラフ作成練習、誤った報道による社会的影響、イラク戦争報道のあり方など盛りだくさんのテーマで学習しています。
 始めは20名ほどの生徒が受講したのですが、スクーリングの回を追うごとに受講者が減り、現在は5、6人というところです。
 1年生の鈴木くん(仮称)は「メディアリテラシーはスクーリングを欠かしたことがありません。コンピュータに関心がありメディアについていろいろと学びたいです。」と楽しそうに言います。
 年間に6回のスクーリングと4通の報告課題の提出。一見簡単なようでいて、自学自習はやはりきついようです。メディアリテラシーも来年度は事前にテキストや課題を年度当初に配り、生徒が年間を通じて計画的に学習できるように努力したいと考えています。

10月例会(11.2)のレジュメ

11月2日(火)南新町児童館で6:30より開催される 10月例会 のレジュメを事前にアップしました。
こんな内容でディスカッションしたいと思いますので、興味のある方はお集まりください。
 また当日、高校国語科の「国語表現」を念頭に入れた、エクソサイズを下のようにしたいと思っています。
課題: 「私とメディアリテラシー」という作文を400字以内で書いてきてください。」 
 当日にそれを90秒以内にアナウンサーのように読みます。又は主語を変えて即興で私が読みます。
ねらい:音声言語と文字言語の相互変換。書く→話す→伝える。  よろしくお願いいたします。 
このあと私の参考例をアップしたいと思います。
ではお待ちしています。

  
 Kmnpas  〔かながわメディアリテラシー研究所2005〕  10月例会レジュメ (11.2@南新町児童館)   Kmnpas
                  
テーマ  「学習指導要領」におけるメディアリテラシーの位置づけ」

1 はじめに
・メディリアリテラシーとはどのような科目か?
・そのねらいは何か?
・各国のメディアリテラシー事情はどのようなものか?   -アメリカ・イギリス・カナダー
     文化的植民地からの解放・独立、多民族・多言語国家の問題解決、メディア大国への対抗、大衆文化への批判
・「メディアリテラシー」についての日本でのイメージはどのようなものか?

2 学習指導要領の中に不在として位置づくメディアリテラシー
・学習指導要領の中にメディアリテラシーが不在であるのは意図的か?  a.意図的である。 b.意図的でない
 → そもそも学習指導要領では
  「メディア」という概念についてのトータルな把握と理解が欠如している。

・日本の初等・中等教育にメディアリテラシーが定着しない理由
①教育行政サイドのカナダ流「メディアリテラシー」に対するイデオロギッシュな嫌悪感・反発
②教科「情報」の新設により、「メディアリテラシー」が情報(コンピュータ)教育へすり替え/移行されていった歴 史的背景(おそらく産業界の要請&国民教育の性〔さが〕、つまり心身ともに健康で産業社会になじむ人づくりで あって、自律した個人の確立をめざす人づくりではない。)
③「情報科はコンピュータ操作教育でしかない」とする内外の批判に対して、文部科学省は「コンピュータは教科 学習で確かな学力を分かりやすく教えるための教育機器である」とするミレニアム・プロジェクト{全教室にパソコ ン2台&インターネット接続可能}実施により論点をすり替えている。
④映像メディア(言語メディアを従来も今も国語科が教えるのに対して)の軽視。映像メディアを分析的に教える教科・科目がなくていいのか?という疑問に教育行政サイドは答えない。みな道徳教育で解決していこうとする。
⑤文学偏重の国語科教育から生きる力・伝え合う力の育成をめざす転換の試みはいいもののそのような国語科教育の方法論の貧困と現場教師の戸惑い(「メディアのリテラシー」と「メディア・リテラシー」の間にあるもの)

3 今後の展開予測(kjの予測)
・総合的な学習の時間は縮小傾向で見直され、その内容も教科学習や特別活動等に振り向けられ、教科学習主体のカリキュラムに再編成されていく。ゆとり教育の方針は変わりないものの、「確かな学力」をつけるためであ る。したがって総合学習で現在実施されていたら、メディアリテラシー・メディア学習はその活動の場を失うかもし れない。
・教科「情報」は見直しの方向が打ち出され、コンピュータ活用の授業形態は各教科に導入される。コンピュータ は教育機器として教員が教育コンテンツを用いた効果的な授業が教員主導で展開されていく形式を取るだろ  う。
・楽観的には、残された教科「情報」(必修)が情報そのものに関する教育(「情報」の収集・判断・創造・発信などに関する教育)を行うだろう。しかしおそらくその教科を文部科学省は「メディアリテラシー」とは呼ばないだろう  し、有効に学校図書館がメディアセンターとして活用されるともかぎらない。

4 学習指導要領に求められるもの。
・メディアに関係する学校図書館教育・国語科教育・地歴公民科教育・外国語(とくに英語)科教育・芸術(とくに 美術)科教育・家庭科教育・情報科教育・道徳教育・特別活動など関連するセクションで「メディア」についての  各教科での分析と全体でのトータルな把握が必要である。そしてそれらの有機的な連関にもとづいて教育内容 を適切に振り分け・配置することが求められている。

2005年10月1日土曜日

研究所企画 第7弾

10月例会のお知らせ
「『学習指導要領』におけるメディアリテラシーの位置づけ」


日時:11月2日(水)18:30~
場所:相模原市南新町児童館(小田急線相模大野駅南口徒歩5分)

報告者:中澤邦治(kj) 高校教師
 
 今回のテーマは「『学習指導要領』におけるメディアリテラシーの位置づけ」です。
 報告者はkjこと中澤邦治です。
 今回のねらいは、「学習指導要領」をテキストとして分析し、メディアリテラシーがそこではどう扱われていて、今後学校でメディアリテラシーを取り入れていくにはどうしたらいいのか、メディアリテラシーの学校における位置付けと今後の展望を明らかにしたいということです。
 今回は「高校」を取り上げます。
 また、メディアリテラシーという言葉に大分多義性があって混乱を招きやすいのでその言葉についての一定の整理もしたいと思います。(ちなみに「学習指導要領」ではメディアリテラシーという語は使用されていません。メディアという語は使用されていますが、その意味内容を分析する必要があります。)
 メディアリテラシーと関連性のある語との比較では、先日の松ユリ氏の発表の際のハンドアウト内の「森田(2004)『四つの関連教育と各々が育てようとする力についての試行的外観』」がとても参考になります。 
 「メディアリテラシー」の教育・「情報リテラシー」の教育・図書館利用教育・情報教育の4つです。
 これらの区分は「学習指導要領」を読み解く上でとても重要です。また、osm-chikaテーゼと呼んでおきますが、「メディアリテラシー」は情報の受け手の教育であり、「メディア教育」ないし「メディア学習」または「メディア」そのものは送り手側に属するものではないか、という指摘が近いところからありました。一考に値します。
 またリテラシー(たぶん国語の領域)と読書教育(たぶん図書館の領域)とメディアリテラシーとの関連も大変に興味のあるところです。
 さらに、仮にメディアリテラシーを一科目とした場合、それは社会科なのか情報科なのかはたまた国語科なのか家庭科なのか芸術科なのかいったいどこに属するのか?という問題もあります。
 最後にマスメディアに対するリテラシーと市民メディア(この文脈では学校メディアと言うべきでしょうか)のリテラシーとの関係についても触れなくてはならないでしょう。
 多くの方の参加をお願いいたします。6:30から始めます。