2007年1月22日月曜日

2月例会のお知らせ

日時:02月16日(金)18:30~
場所:相模原市南新町児童館
   小田急線相模大野駅南口徒歩5分
   南口を出て駅を背に直進、3つ目の信号「相模原9丁目」、「アイ眼科」の角を右に入り、左側2軒目です



内容: 「メディア・リテラシーの定義!?」
発表者: 鈴木 佳光

今回は真っ向勝負でメディア・リテラシーの定義を取り上げます。



メディア・リテラシーとは何なのだろう。「ア」と「リ」の間の「・」もあったり無かったり。読む本ごとに定義が微妙に違ってる。研究者・実践者の数だけ定義がありそう。何度読んでもわかったようなわかんないような、落ち着きどころのない説明。それって「定義」じゃないだろ!?



でもやっぱりそれらしい言説はあるのです。今回それにもう一つを加えることに…
原点に戻って、参加者みんなで考えてみませんか。

宿題: 参加者は自分なりの「メディア・リテラシーの定義」を考えてきてください

参考文献:
後藤和彦・坂元昂・高桑康雄・平沢茂編、『メディア教育を拓く』、ぎょうせい、1986年
オンタリオ州教育省編FTC(市民のテレビの会)訳、『メディア・リテラシー マスメディアを読み解く』、リベルタ出版、1992年
鈴木みどり、『メディア・リテラシーを学ぶ人のために』、世界思想社、1997年
菅谷明子、『メディア・リテラシー -世界の現場から-』、岩波新書、2000年
水越伸、『デジタル・メディア社会』、岩波書店、2002年
総務省郵政事業庁「放送分野における青少年とメディア・リテラシーに関する調査研究会(第7回)議事要旨」、2000年06月21日
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/pressrelease/japanese/housou/000831j702.html#s202



2007年1月18日木曜日

1月例会感想

動画を撮るのが冬休みの宿題と化した今回の企画、デジカメで動画を撮るのははじめてで、カメラの操作から覚えることになった。でも自分のパソコンでMovie Makerを見つけられず、CDに書き込むこともできず、結局デジカメとケーブル持参で素材だけ持って来ることに。

















当日はまず、どのようなイメージの作品を考えているかということで、中澤さん自身による作品例を見ながら『575秒で世界を切り撮る』の趣旨を理解する。



Eisoukai1s  Eizoukai2s



































































































そしてMovie Makerによる編集のやり方を教わって、各自作品づくりにとりかかった。パソコンがフリーズしたりのアクシデントもあったが、参加者全員がなんとか完成にこぎつける。もう編集もすませて作品のみ持参の人もいて、基本的なスキルの違いを感じる。







Eizoukai9s Eizoukai6s

















































































































でもなんといっても面白かったのは、やはりみんなの作品を見ることだった。











Eizoukai7s















編集の過程で見ることのできた作品もあったが、まったくはじめて見る作品もあり、楽しい。つくり方も違えば、表現方法もまったく違い、楽しい時間となった。





以下、記憶で書いているので、順番が違うかもしれないけど、参加者の作品について。



E:俳句と静止画像、音楽との組み合わせ、ほぼ出来あがっている状態の作品に音楽をつけていた。言葉と映像を組み合わせたところが、個性という感じで、起承転結のはっきりした作品となった。



O:タイトル「三校四季」、写真の迫力に圧倒される。写真の組み合わせ、順番がもう出来上がっていて、何秒ずつで配置していくか、音楽をどうつけるかが主な編集作業だった。何しろ写真がすばらしいので、完成度が高かった。



T:タイトルなし、音なし、ただ動画をつないでみただけ。池→グランド(運動部が練習中)→夕焼けと木立→棚の置物→猫。基本的に動かない対象をカメラを動かして撮っていると言われた。音がないのは、ズームをやってみたかったからなんだけど、ズームというのは映像作家の奥の手である、とも。(やっちゃいけないことなんですネ)



Mi:たぶん、音をつけようとしてフリーズしていたのかな? でも作品はすでに出来あがっていた感じ。アニメーションの技法を使って、静止画像だけで構成しているのに動きを感じさせる楽しい作品。でもこれが出来あがるためには、何十枚もの写真を撮ったのだろう。



Ma:圧巻、作品の数も完成度も。自分で編集して音がついているというだけで、すごいなーと思っているのに、『575秒で世界を切り撮る』の趣旨に沿った作品から、楽しいお笑いビデオまで。感性なのでしょうか、ピザ生地をつくる機械を上から撮ったり、バスの車内と外の道路を同時に撮ったり、面白い映像を撮っている。映像詩というのか、ミュージッククリップ風というのか、そうか、そうつくるのかという感じだった。





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こんな企画がなければ、動画を撮るなんて絶対しなかっただろうと思ったけど、動画の編集も面倒くさそうだけど、ここまで来るとやはり作品というものをつくってみたいという気にさせられる。タイトルがあって、音があって、私の作品、あこがれる(実行するかどうかはまた別の話ですが)。楽しかった、ありがとうございました。(E.T.)









2006年12月24日日曜日

第20回例会  2007年1月例会 テーマ『5-7-5秒で世界を切り撮る』

日時:1月12日(金)6:30~ 場所:相模原市立南新町児童館



担当は、中澤邦治と遠藤智子さんです。



今回は句会タッチの映像づくりのワークショップです。



俳句の句会のようにその場で映像をつくり、それをみんなで見て楽しみます。題して『5-7-5秒で世界を切り撮る』映像会という新しい試みです。



予定を1週間早めて1月12日(金)6:30~ 実施になりました。場所はいつものところです。



今回のねらい ①Windowsのビデオ編集ソフトMovie Makerを使って簡単な映像作品を作る。 ②映像作品製作にあたってはモンタージュの技法を学ぶ ③出来上がった作品を皆で鑑賞して、批評し合う。 ④映像作品の構成方法と俳句の作り方の共通点や相違点を分析し、文字メディア表現と映像メディア表現の相関性や相違点を探る。



以上のことに興味のある方、ふるってご参加ください。それと、学校や会社でプレゼンをやる際に、パワーポイントだけでなく、編集した映像も映してみたいという人もきっと参考になります。また、ホームムービーや学校行事等を撮影だけでなくきちんと編集したいと思っている人にも参考になります。



事前に用意するもの ①ムービーやデジカメで撮った動画ないし静止画(MPEG/JPEG形式のもの)を作品素材として持参してください。(記憶媒体はフラッシュメモリーやCDRなど互換性のあるものにしてください。) ただしムービーの場合はムービーをそのまま持参してもいいし、ミニDVテープのみの持参でもよいです。なお、SDカードは不可なのでムービー本体を持参してください。(アナログ系のムービーはカメラ持参でお願いします。それをそのままプロジェクターに映し出して、その画面をデジタルムービーで撮影して作品素材にします。) ②必要ならば、音楽CD。映像と合わせたいBGM用として使用します。 ③なお、Movie Makerというソフトの入っているノートパソコンを持っている方は持参してください。



課題 作品のテーマ設定はありません。自由です。それでは作りにくいという人は季節の風景を課題にしてください。(俳句の兼題のように)とにかく、あなたの伝えたいことがそのままあなたの映像作品のテーマです。



作品例があります。 メンバーの方は中澤が作った作品を見れます。メーリングリストのグループのページのブリーフケースの中にあります。(2006年12月22日付け)ファイルタイトルは「菊の情景」(5-7-5のような感じ)「猫の秋」(5-7-5-7-7のような感じ)メディアプレーヤーで起動します。(マックユーザーの方はメールで連絡してください。)参考にしてください。続編も製作します。遠藤さんの俳句を選んで、その世界を映像に表現してみようとも思っています。乞うご期待。



当日の流れ ①持ち寄った作品素材をパソコンで編集する。(事前にメーリングリストのグループのファイルホルダーを使って作品を製作していきたいと思います。したがって当日の参加者には映像編集に慣れていて出来上がった映像を持ってくる方がいると良いですね。当日ごたごたせずに事が運ぶと思います。) ②プロジェクターで皆で鑑賞する。 ③俳句などとの文字メディア表現との共通点や相違点について考察する。 ④DVDに焼く。(時間がないかもしれません)今回のワークショップの作品製作上の留意点 ①作品は5・7・5秒の3カット(ショット)で構成するか、5・7・5・7・7秒の5カットで構成するか、5・7・5・7・7・5・7・5の8カットで構成する。 ②基本的に秒数は目安なので厳密でなくても良い。ただし、カット数は3カットか5カットか8カットかを選び、厳守する。



今回のワークショップのタイトルにひそむねらい 映像作品製作の入門編としてよくおこなわれるものにワンシーン・ワンカット映像作品製作があるが、これはシンプルであるがゆえに初心者にはかえって抽象的で難しい。そこで今回は、カットの組み合わせで個性的な表現が思い思いにできるモンタージュ技法を採用した。俳句がいわば数個の言葉によるモンタージュ手法の文芸だとみなせば、映像作品も逆にそれになぞらえて、俳句短歌等の詩歌で一般的な定型詩の5・7・5・7・7の31文字を機械的に秒数にしてみた。したがってそれぞれのカットの秒数にはあまりこだわりがない。むしろ映像表現では、カットの散らせ方にほどよいリズムというものがあると思われ、ワンカットの秒数も気持ちのいい秒数というものがあり、そこらあたりを工夫してみるといいだろう。(皆さんの作品を比較したいのでカット数は3か5か8かにしてください。8カットで31秒である。これはほぼ30秒CMの長さと同じである。なお作品はたくさん作ってもいい。)(註 モンタージュ:映画で、各ショットのつなぎ方で、単に足したもの以上の新しい意味を作り出す技法〔広辞苑〕)



映像製作教室のお誘い メンバーの方はメーリングリストのグループのブリーフケースを使ってやり取りします。基本的には静止画やMPEG形式の動画(素材)をブリーフケースに投げてください。あとはメールでやり取りします。とにかく素材がありそれを編集するコンセプトが人に説明できれば作品は出来ます。メンバー以外の方は当研究所に連絡をお取りください。メールの添付ファイルでやり取りします。(以上)



2006年12月18日月曜日

12月例会参加者の声

「オノマトフォト:写真を使ったコミュニケーションの授業」のワークショップに参加した。南新町児童館のたたみの部屋で、持ちよったおかしを食べながら・・・このアットホームな感じがイイ。



5冊の写真集の1ページ目の写真を見て、擬音語・擬態語をつけ、理由も書く。まずはひとりでやってみる。そして3人の班に分かれ、3人の擬音語・擬態語からひとつを選び、なぜそれを選んだのか、他にはどんなものが出てきたかを各班で発表。



班では3人の見方が全然違うのにおどろき!どれにするか悩んでいると、隣から「シューン」とか「もえ~」とか声が聞こえて、大笑い。



感想や意見を言葉で言うことが苦手な自分でも、擬音語・擬態語なら感覚で言える。何を言っても間違いではない。そういう生徒には、とても参加しやすい授業だと思う。そして、写真を見る目や意識がかわってくるだろう。



「かくん」「てくてく」「ずんずん」「ほくほく」「すー」・・・宮さんって写真の中に自分が入って何かを感じるんだね、と指摘され、新しい自分も発見することもできた。中山先生ありがとう。(宮)



2006年12月1日金曜日

Know It All ビデオ講演あれこれ

 11月24日(金)旭区文化センターサンハート(二俣川駅徒歩1分)で、「アメリカの情報リテラシー教育のビデオから」と題した講演を行った。内容は6月例会「アメリカの情報リテラシー教育“know it all”ビデオシリーズを見る」とほぼ同じ内容。



 違うのは、使った2巻、5巻の教材ビデオに対して日本語訳のペーパーがついたこと、2巻、5巻を大学の授業で使ったときの学生の感想がついたことぐらいだ。



 このビデオシリーズを、学校図書館関係者以外の人がいる場所で使うのは、kmnpas6月例会を除けば、今回はじめてといっていい。どう受け取られたのかがとっても気になったのに、当日は講演後の質問も出ずあっさり終わってしまった。そこで月曜日、上溝からの参加者に聞いてみた。





A(英語科):生徒に細かくケアしている。私たちはああいう授業をする訓練を受けていない。いざやろうとしてもやり方を知らない。



ビデオでは地域に出て行って学習を行っている。前任校では、総合学習の際、校長に学校外に出て行くな、と言われた。



民主主義の背景、大事だ。



B(理科):最後のまとめ、気に入った。(民主主義部分ですね-E.T.



大学生のコメントがよかった。



教師も図書館の側もああいう学校図書館の使い方を知るべきだ。





 司書の参加者にも電話してみた。



C(学校司書):はじまる前に同じ学校の教師から、学校図書館がこういうことをやるのか、と聞かれた。教育会館からの挨拶にもあったが、情報リテラシー教育が図書館と関係あるの?からはじまる感じ。





ところで面白かったのは当日の午後、思いついてイギリス人のALTに、このビデオを見てもらい感想を求めたこと。ビデオを見せる前に、聞いておきたかった学生から出た疑問だとか、言葉の確認などもしたが、アメリカとは異なるイギリス人としての反応(?)が面白かった。



D(ALT):(12巻目、学校図書館で演技やコンサートが行われ、歌ったり踊ったりしている点について)イギリスではこういう使い方はしない。すごくアメリカ的だと思う。アメリカの書店はカフェがついていたり、CDが聞けたりするから。



(ライブラリアンはいるのか、に対して)小学校ではいない。



(2巻目、子どもたちが手順表を使って自分たちの作業の進行状況をチェックする。これ、本当に子どもたちが使えると思う?の質問に対して)このアイデアはいいと思うけど、もう少し言葉を工夫するなどしないと、普通の子どもたちには使えないんじゃないかな。使える子もいるとは思うけど。



(5巻目、子どもたちが政治活動をする。このシーン、日本人にとってはとてもショッキングなシーンなのよね、に対して)中国もそうだよね。自由がない。



(子どもが公聴会でスピーチする。)うわー、見たくない、ひどいよ。結局大人が子どもたちを操っている。(manipulateの単語を使ったのが印象的)アメリカはメディアがプロパガンダに終始していて、場合によっては潜在意識に訴えるやり方(subliminal)も使われている。アメリカ人は何も知らないし、心が狭く、宗教的な縛りが強くて、ディベートの授業で取り扱うテーマにしても、イギリスで扱えるテーマが扱えないということがある。僕だったら、このビデオを授業で使うということはしない。ひどすぎる。





 というわけで、実際にはもっと言葉を費やしたアメリカ批判が展開されたのだった。しかも早口でいろいろ言うので、ちょっと待って、早すぎる、と止めたくらい。ニューヨークは別だとも言っていたが、ニューヨーク以外の場所、ディープサウス(深南部)のようなところを例にあげ、アメリカ人は心が狭い(narrow-minded)と、繰り返した。



 彼が言っていたことを正直全部追えたわけではない。イラク戦争が出てきたり、ディベートのことももっと細かく言っていた。確か彼は教職経験があるという話だったし、「僕だったら、このビデオを授業で使うということはしない。」との発言もその経験があってこそなのだと思う。



 実は大学生の感想の中に「やさしい言葉に言い換えるという主旨のビデオだが、やさしい言葉というより、より説得力のある言葉にするということが求められていた。」というのがあり、イギリス人の彼はたぶん、ビデオのこの部分に反応してしまったのではないかと思う。



 あの自転車道路の5巻目、公聴会のような場で子どもに発言させるという手法は、『ライブラリアン奮闘記』(リーパーすみ子 径書房)でも実際にあったこととして記述されていて、アメリカではよく使われる手法だということだが、それってヤラセ的な感じもあり、聞き手は大喜びして拍手喝さいなわけだけど、何かひっかかる気がしないでもない。5巻目のビデオに対するイギリス人の彼の猛反発を面白いと思いながら、そんなようなことを考えたのだった。



2006年11月22日水曜日

研究所主催企画 第19弾 12月例会のお知らせ

内容: オノマトフォト・写真を使ったコミュニケーションの授業



報告者:中山周治(神奈川県高校教諭)





日時:20061215日(金)1830 21:00



場所 : 相模原市立南新町児童館



      小田急線相模大野駅南口徒歩5分 南口を出て駅を背に直進、3つめの信号「相模大野9丁目」アイ眼科の角 



      を右折、左2軒目





オノマトフォトとは、オノマトピア(擬音語、擬態語)とフォトをくっ付けた私流造語です。写真を批評する授業をどうつくっていくか、と意気込んだものの、当然のごとく壁にぶち当たりました。そこで苦肉の策でやってみたのが今回の実践です。まずは意見の表明、交換。ここらあたりをうまく、ヨイッショと画策しないと、批評なぞとても覚束ない。



起死回生のアイデアにはなっていないのですが、どこかに見所がないだろうか?ワークショップ形式で「オノマトフォト」に参加してもらい意見交換をしてみたいと思います。



2006年11月21日火曜日

11月例会報告

高橋恵美子さんによる「ブックトークを考える」は予想に違わずとても面白かった。



まず、ブックトークの定義と実践の流れについてのレクチャー。86年の岡山の学校司書のグループによる『ブックトーク入門』以前は、アメリカで行われているブックトークなるものを日本でもやってみませんか?という紹介のされ方のようだ。
1959年、1974年の『学校図書館』にブックトークの実践方法について書いているのはアメリカでの図書館で児童サービスを経験している渡辺茂夫であり、松岡享子であったことに驚く。(そんな古い『学校図書館』バックナンバーが上溝高校図書館に保存されていることにも驚く)
現在、日本のブックトークは岡山理論というか学図研理論というものに理論づけられており、「テーマ性、メッセージ性」がなければならず、「必ず」複数の本でなければならず、単なる「本の紹介」とは違うということが強調されている。しかし、現在アメリカでは、booktalkは、本の紹介も含めて使われる用語だという。



Booktalk 次に高橋さんのブックトークを聞く。テーマは「踊る、ダンス」。 参加者が密かに期待していた高橋さんの踊りは見せてもらえなかったが、ダンサーの書いた本、ヴィジュアル本と小説をバランスよく組み合わせた6冊が語られたのだった。Booktalk1



その後の議論はいい感じに沸騰した。
S:何故アメリカから取り入れたんだろう?
T:1950年代までは日本の図書館は来た人だけを相手にすればいいという感じだった。そこに、アメリカでは図書館員はもっと打って出ているということで紹介されたのかもしれない
R:国語教師としては「本の紹介」と「ブックトーク」を分ける意義がわからない
K:いったい「よいブックトーク」と「悪いブックトーク」ってあるんだろうか?みんなが紹介された本を手に取ることが増えれば「よい」のか?実は違うんじゃないか。みんなが聴いてくれることが目指されているんじゃないか。日本のブックトークは何らかの教養なり知識を伝授する手法なんじゃないの?そうだとすれば半端な教授法なので、「知りたくもないものを詰め込まないでよ」という批判は当然出てくるだろう。そうではなくて、聴いている人が「あんな風に出来たら素敵だ!自分もやってみたい」と思う、そういうものを伝授するものなのか?もしそうなら「読書教育」とは違う。むしろ「スピーチ」の教育か?本には「物神性」があるから、本をメディアとしてなんらかの教養や文化を広める行為 っていう定義の方がぴったりだよ。
S:じゃあ、漫才みたいなブックトークはないの?エンターテインメントっぽいでしょ?
T:アメリカでは対になって紹介し合うということは授業でよくやっているけど・・・
K:12チャンネルのテレビショッピング的ブックトークはありか?
T:とにかく型にうるさいのが日本の特徴。本は必ず見えるように掲げて、テーマに沿って複数の本を紹介するのじゃなければブックトークではないというように。
S:でも、実際生徒に本を選ばせる活動の時は、テーマが先の場合が多いの?本が先なの?
T:やっぱり、テーマが先の場合は少ない。紹介したい本があって、そこから関連の本をどうチョイスするかということで組み立てていくプロセスを司書がアドバイスする。
S:高橋さんは40分のブックトークもするっていうけど、俺だったら、30分もブックトークしたらもったいないと思ってしまう。15分やって、あとの15分を聞き手が行動したり、やりとりする時間にしたいと思ってしまう。何故なら、ブックトークを聴いてると、自分も紹介してみたくなる。とにかくチョイスしたくなる。ブックトークはチョイスの問題だ。選ぶことそれ自体に面白みがある。
J:ブックトークで伝えるものは2つあるよね。1つは「内容」もう1つは「方法」
本の内容を伝えるんだけど、それは例えば大学のゼミでの文献紹介と何が違うんだろう?「内容」だけなら「本の紹介」となんら変わらないし、たとえ1対1でもスリリングな時はある。でも、紹介の仕方、方法自体を伝えているから「ブックトーク」なのかも
「内容の伝え方」ということではまさに「メディアリテラシー」だよね。



言いたい放題が楽しい議論のさなか、敢えてダサい質問を高橋さんに投げかけて見る。
M:結局、高橋さんはブックトークの何が疑問だと思ってこの例会を企画したのか?
T:う~ん。まず、ブックトークはやりたいの。(笑)だけど、例えば、3冊目に山場が来る、明らかに飽きちゃったっていう生徒の存在を意識した場合、それに対して工夫するのか?という疑問がある。
S:俺なんかは、聴衆に任せればいいと思うんだよね。興味のある部分で覚醒するというか、身を乗り出すけど、後は流すでいいんだと思う。それに、テーマってことにもこだわりすぎるのはどうかと思う。今はテーマがウザい時代。なるべくそんなものは無いように振舞う方がクール。時代とともに振れていくものだからまたテーマがかっこいいという時代になるかもしれないけどね。
M:そうすると、今の日本のブックトークの型はもう古い!みたいな感じだよね。「ブックトーク再々考」書いたら?(笑)
公共図書館の司書さん:あまり型とかむずかしく考えないで、今まで興味のなかったものに興味を持てるようになればいいと思う。
M:結構、図書館屋さんは「本と人とを結びつける」ためにって考えてブックトークもやってると思うけど、実は人と人を結びつけるためにブックトークはあるんじゃない?



(文責 松田ユリ子)