2006年3月23日木曜日

メディアリテラシーの学校:春期講習終了!

村田夏子先生、奥泉香先生をゲストスピーカーにお迎えした「メディアリテラシーの学校:春期講習」は終了しました。ご来場のみなさんは両氏の話をどう読み解かれましたか?是非コメントをお寄せください。
各人各様の読みの共有化。で、いったん共有したものを自分にフィードバックすることでさらに深まる読み。豊かな読書経験はこのスパイラルアップから生まれる。という村田先生の話は奥泉先生の話にも通底していましたものね。(この念押し、読みの押し付けが日本の教師の悪い癖?)
また、こうしたスパイラルを学校で具体的にどう画策していくのか、授業でどう方法化、演出していくのか?実践例をいろいろ出し合うこともやっていきたいところです。
われわれの例会では、こうした営みを細々とはやっているのですが、今回のイヴェントをきっかけに、情報交換のメディアとしてさらに充実していきたいと思っているしだいです。
というわけで、コメントを寄せてくれると嬉しいです。
因みに4月の例会は「詠み」です。顔色読む日本、背中読む日本いまいずこーという不安の声が聞こえる中、ここで俳諧の「詠み」をやるのもなかなかチャレンジングで面白いと思いませんか!(中山)

2006年3月8日水曜日

研究所主催企画第12弾 その2

3月例会のおしらせ その2

日時:03月10日(金)18:30~
場所:相模原市南新町児童館
   (小田急線相模大野駅南口徒歩5分 目印は「アイ眼科」です。駅を背に直進。3つ目の信号「相模原9丁目」、「アイ眼科」の角を右に入った左側2件目です。)
参加費無料

「フィンランド教育事情」
お話の概略は次の通りです
1 フィンランドという国 -民族、言葉、土地
2 私とフィンランドの出会い -自然、音楽、建築、デザイン、文学への興味、そして1985年夏初めての訪芬へ
3 南カレリア地方の町Parikkala -来なかった乗換え列車と幸運な出会い
4 フィンランドの学校教育 -教育制度、教師たちの生活、Parikkalaでの小・中・高等学校訪問、授業見学と生徒たちとの交流
5 フィンランドのメディア教育 -Parikkalaの基礎教育学校の実践例

乞うご期待

2006年2月19日日曜日

研究所主催企画第12弾

3月例会のおしらせ

日時:03月10日(金)18:30~
場所:相模原市南新町児童館
   (小田急線相模大野駅南口徒歩5分 目印は「アイ眼科」です。駅を背に直進。3つ目の信号「相模原9丁目」、「アイ眼科」の角を右に入った左側2件目です。)

「フィンランド教育事情」
講師 県立高校教諭 髙橋 茂樹
 フィンランド人は自国のことを「スオミ」と言います。学校教育は大学まで無料です。ノキア社長の「社長にならなかったら教師になりたかった」と言うセリフが、教師の社会的ステイタスをうかがわせます。昨年来日したハータイネン教育大臣は「教師に最も必要なことは、人の話を聞くことと柔軟性だ」と語りました。周知の通り2003年のOECD生徒の学習到達度調査(PISA)において、フィンランドはトップクラスの評価を受けました。
 講師はフィンランド小学校で授業を見学したり、参加したこともあります。豊富な経験と知識に裏付けられたレポートはとても楽しみです。もちろんメディアリテラシーの関わるお話も聞けることでしょう。
 3月10日(金)、18時30分から開催、参加費無料です。

2006年2月5日日曜日

kmnpasイベント第2弾 「メディアリテラシーの学校:春季講習」のおしらせ

「メディアリテラシーの学校:春期講習」3月21日(祝) 時間割

□1時間目 13:30~14:30 

「認知心理学から『読書』を考える」
講師:村田夏子氏
 和洋女子大学人文学部助教授 

≪内容≫:認知という観点から読書を考えると―読んで理解する
とはどういうことか?/まんがを読むのは”簡単”か?/
書かれた情報を読み解くことについて―文字と絵の比較
など

□2時間目 14:40~15:40

 「“visual literacy”を母語学習の系統性
から考える」
講師:奥泉香氏 
学習院女子大学講師

≪内容≫:イギリス、カナダ・オンタリオ州、西オーストラリア州等の
母語カリキュラムにおける“visual literacy” の組み込み方とは?/
またそれらに共通する系統性の方向とは?
など


□3時間目 15:50~16:50

討議:「学校教育にメディアリテラシーをどう組み込むか?
―広い意味での『読むこと』を手がかりに」


≪内容≫:まんがや絵本、映像などの視覚的メディアも含めた 広い
意味での読書とは?/それを、各教科や学校図書館がどのように
コラボレートし 学びに組み込んでいけるか?
など


村田夏子氏(和洋女子大学人文学部所教授)
専門は教育心理学および認知心理学
主な著書 『読書の心理学』(サイエンス社 1999)
1995年 日本読書学会研究奨励賞受賞

奥泉香氏(学習院大学講師・今春から他大学) 
専門は国語科教育およびメディアリテラシー教育
読書へのアニマシオンについても、2000年、2004年とスペイン・
La Asociacio'n Cultural Estel において、80時間講習を受講・修了。
また、児童書の蔵書数やそれらを用いた教員研修で定評のある
National Centre for Languageand Literacy(The University of Reading)
において、2004年研修・修了。

△ ■ ○ ◎ ■ △ ◎ △ ○ ▲ □ ∵ ◎ ▽ ◎ ▲ 

「メディアリテラシーの学校:春期講習」へのお誘い
kmnpas(けむんぱす)「かながわメディアリテラシー研究所」は、
メディアリテラシー教育に関心を持つ神奈川の高校教職員らが
ゆるやかにつながった研究グループです。毎月、現場感覚/ライブ
感覚があふれて止まらない一般参加型の学習会を行っています。

ゲストをお招きしてのkmnpasイベント第2弾は、「メディア
リテラシーの 学校:春期講習」です。
今回は、認知心理学の分野で「読書」を研究されている村田夏子氏
と、国語科教育の分野でメディアリテラシーとりわけ“visual literacy”
の カリキュラムについて研究をされている奥泉香氏をお迎えして、
視覚的な読み解き・発信を含めた「読書」 を、認知と教育の両面から
考えてみたいと思います。
お二人の問題提起をふまえての討議は、参加者全員でまんがや絵本、
映像などを含めた広い意味での「読むこと」を手がかりに、
「学校教育にメディアリテラシーをどう組み込むか?」をテーマに
行う予定です。さて、どのような化学反応が起こりますかお楽しみに。
多数のご参加をお待ちしています。

日時:2006年3月21日(祝)午後13:30~17:00 <開場1時>
場所:しんゆり21ビル会議室(小田急線新百合ヶ丘駅北口徒歩2分)
http://www.asao-shakyo.com/others/access/access.html

入場無料 予約不要

お問い合わせ kmnpas6@yahoo.co.jp
△ ■ ○ ◎ ■ △ ◎ △ ○ ▲ □ ∵ ◎ ▽ ◎ ▲

2006年1月10日火曜日

研究所主催企画第11弾

2月例会のおしらせ



日時:2月17日(金)18:30~



場所:相模原市南新町児童館
   (小田急線相模大野駅南口徒歩5分 目印は「アイ眼科」です。駅を背に直進。3つ目の信号「相模原9丁目」、「アイ眼科」の角を右に入った左側2件目です。)
*初めていらっしゃる方は、当日17:00までにkmnpas6@yahoo.co.jp までメールをいただければ、万が一迷った際に連絡がとれる電話番号をお知らせいたします。



今回のテーマ:読書教育を考える



報告者:高橋恵美子(県立高校司書)



 読書教育が教育そのものであった時代が、かつてありました。“書を読む”から“読む”(印刷メディア)、そして“よむ”(映像メディア)へと、メディア環境が変わっていくなか、それでは、読書教育はどうあるべきなのか、というのが、今回のテーマです。
 とはいっても、今の日本の教育のなかに本当に読書教育はあるの?という根本的な疑問もあって、このテーマは根が深い。



 ポイントになるのは、①読書教育のねらい、何を目的とするか ②読書の発達段階、読書教育のねらいに対しての達成目標をどう設定するか ③読書教育の方法、というところでしょう。まずは、司書教諭資格課程の科目「読書と豊かな人間性」(このネーミングもすごい)のテキストからはじめる予定、ほか扱う文献いくつか。
 読書の発達段階では、大学生のレポート発表をまじえて、少しみんなで考えてみてもらおうと思っています。
 読書教育の方法は、ねらいをどう設定するかによって、大きく変わってきますが、アメリカの政府推奨国語教育プログラムであるバランスドリテラシー(Balanced Literacy)と大村はまさんの実践あたりを扱ってみようかと。バランスドリテラシーの技法であるブックウォーク(Book Walk)もやってみたい。



 読書教育についてみんなで考えてみましょう。



メディアトリップ2005

Kmnpasメンバーによるメディアの遠足レポート。
3行半でまとめてみました。時期は前後バラバラです。

母・肝っ玉とその子供たち    作 B・ブレヒト 演出 栗山民也  新国立劇場制作    
広い舞台がグランドゼロのようだ、とか、墓場のようだと評されているが、ほめ言葉が見つからないとしか思えない。寂しい。

シュテファン・バルケンホール    オペラシティアートギャラリーホール

大量複製技術時代のコピー作品がアウラを失ったのかどうかは知らないが、大木を彫刻した彼の作品はコピー不能。アウラの塊以外のなにものでもない。



動員挿話               作 岸田國士 演出 奥津篤史  新国立劇場制作
これほど直截な戦争批判の戯曲を書いた岸田がのちに大政翼賛会文化部長になるのだから、戦争とは親しくしたくない。奥津の演出も見事。



黒いチューリップ    作 唐十郎 演出 中野敦之  新国立劇場制作

唐の過剰なロマンティシズムが合わない体質であることを20年ぶりに再確認しに行ったようなものだった。ということは中野演出は唐風味をうまくだしたのでは?

盲導犬         作 唐十郎 演出 中野敦之  新国立劇場制作

ここでの扇情的なシーンにも自分の感情は全くついていかないのだが、それでも楽しめたのは主演女優にほれたからかも。



横須賀功光「光と鬼」            東京都写真美術館
      
あちこちに墓標のように作品が並ぶ迷宮仕掛け、しかも暗闇の会場で、あちこちさ迷う興奮を味わった。同じ写真でもその前後に何を見るかによって様々にイメージが変容する。

唐版・風の又三郎      作 唐十郎 演出 松本修  MODE+近畿大学
    
新宿の雑居ビル地下劇場でやるに相応しい熱気にアングラを感じた。主演女優の赤い下着と血しぶきがせつない。これを某国大付属高の芸術鑑賞会で見せた松本修さんはエライ人だ。

昭和電気 ナンセンスマシーンズ展     オペラシティアートギャラリーホール
              
愉快。難解なコンセプチュアルアートを笑いのめすかのようなダジャレマシーンに引き込まれる。シブい作業服ファッションは海外でどう評価されるのだろう?



屋上庭園               作 岸田國士 演出 宮田慶子  新国立劇場制作
哀れな女房が感極まってどっと涙を流してから0,5秒後の暗転終幕に、観客はみな息をのんだままフリーズ。闇に紛れて涙したのは自分だけではあるまい。


カルミナ・ブラーナ           振付 マリウス・プティバ  新国立劇場制作
バレエを読み解く力の全くない自分でも喪服の女の手足の動きには強く印象付けられた。彼女の手は不気味なほどに饒舌だ。 あのカーテンコールは虚礼ではないよね?


写真新世紀2005            東京都写真美術館
    
偶然会場にいたアラーキーが04準グランプリ川村の新作を評して、あざとさが前回よりも消えたと言っていた。なるほど、入念に演出されていながらサラッとしたタッチが絶妙。05では西野作品が好き。

ロッテ・ライニガーの世界         東京都写真美術館

映画の原点である影絵による映画作品。光と闇で成り立つ幻想的な切絵世界はドイツ表現主義の1ジャンルとして異彩を放っている。冒険譚の舞台として「ワクワク」が登場。

三人姉妹         作 チェーホフ  演出 坂口芳貞   桜美林大学OPAP

石川ひとみの演技は◎。3人姉妹も○。しかし、男子学生らが中年男の葛藤、屈折を演じるのはツライものがある。女は齢に関係なく世界の中心に近いからいいのだが、男はつらいよ、、、

アート・ミーツ・メディア            NTTインターコミュニケーションセンター
     
メディア・ミーツ・アートの方が自分には楽しめるかも。

越境するダンス           松岡正剛、勅使河原三郎ほか 
  
松岡正剛が司会というので聴きに行ったが残念。勅使河原三郎との対談だけが愉快だった。対談者の中では最も世界的なビッグネームなのに最も軽快であった。

コラボレートする身体   森山開次 宮崎秀人 能美健志 高田みどり  新国立劇場制作
森山の両生類的動きが、舞台をにおいたつ雨森に変えた。自由ですがすがしかった。一方、2番手の能美は高田の音楽の奴隷のようで哀れ。

NHK日本賞                NHK放送センター

欧州某メディア「チュニジア聾唖者たちの悲惨な状況を伝えるのにはドラマ仕立てではなく、ドキュメンタリーがよいのでは?」チュニジアプレゼンテイター「ドラマだからこそ観て貰えるのです!」 各国より拍手喝采。

舞姫と牧神達の午後    パク・ユースン キム・ヨンスンほか   新国立劇場制作
数組の男女ペアが次々に舞う中で、1組だけ舞姫、牧神ともに男?のペアはひときわ異彩を放っていた。パク&キムペアもさすが。

アルトゥロ・ウィの興隆   B・ブレヒト 演出 ハイナー・ミュラー   新国立劇場制作
白黒赤のスタイリッシュな美学。光と闇の白黒、ナチスの赤。血と情熱の赤。そして身体。アングラ以来の興奮だ。なによりも強烈な批判精神。喜んで拍手を送っている場合ではない。

谷口吉生のミュージアム        オペラシティアートギャラリーホール
        
MOMAの増改築コンペを勝ち取ったTANIGUCHIを知らなかった。知れてよかった。同ギャラリーでのジャン・ヌーベル以来の感動。

うら騒ぎ ノイゼズ・オフ    作 マイケル・フレイン 演出 白井晃   新国立劇場制作
前回の「コペンハーゲン」が圧倒的によかっただけに、期待しすぎた。面白いだけの芝居なんだが、そんなことは作者の狙いどうりなわけで、別キャストで見てみたい。

坂本バレエ発表会             グリーンホール相模大野
    
草野さん◎。全く鑑賞眼をもたぬ自分は、現前の演技よりも、彼女らのそこに至る過程ばかりが気になる。あの5歳の子があそこまで踊れるまでの家庭での悲喜こもごもは如何程かなあと。

箱根強羅ホテル   作 井上ひさし 演出 栗山民也   新国立劇場制作
  
緊迫感を感じなかったのは、主演女優と舞台装置と演出のせいだ。台本は絶対楽しくて哀しいはずなのに。<笑い>シリーズだけど笑えない。

花咲く港              作 菊田一夫 演出 鵜山仁   新国立劇場制作
台本、舞台、演出全てレトロで楽しめる。主役の渡辺は滑稽な演技が達者ではまり役であることは確かなのだが、逆に上手すぎて諧謔味が欠けた。

           作 フランツ・カフカ 演出 松本修   新国立劇場制作
  
夢とわかっていて、その夢から抜け出せない恐怖感。目的がない旅であることを知りつつ目的を求めるふりをする虚無感。予定調和を求めないからこそカフカは余韻が大きい。時折はさまれる字幕の間の沈黙もしびれる。

移動の法則              水と油   新国立劇場制作
 
2つのヒト・モノの間の関係性をひたすら問い続ける無言の演劇。抑制された演技、表情だからこそ惹きつけられる。しばし解散してもまた「水」と「油」がくっついてほしい。


神奈川県高校演劇大会              神奈川県立青少年センター
       
高校エンゲキはベタな演劇世界をつねに異化する分裂的な笑いにみちている。これは若者の平素のひとづきあいから容易に想像できる?青春って何だ!と叫ぶ若者がいるわけはない。

TV朝日スタジオ見学                六本木テレ朝
     
高校生たちを連れてスタジオ見学に出かけた。こちらは出るわけでもないのに本番の緊張感でガチガチなのに、出番数分前なのにわれわれに声を掛けてくる大和田獏らは百戦錬磨のプロだ。

民放連セミナー              平田オリザ ほか  
  
平田オリザがエビジョンイル、ナベツネを斬ると同時に日本のマスメディア業界のメディアリテラシーのなさを批判する舌鋒は鋭い。業界人からの反論をききたいもんだ。彼の敵は7人どころでないはずだ。

宇佐美昇三            川崎国語メディア研究会
    
氏が大学のサークル時代に影絵の巡業をしていたという話の枕はつかみバッチリ、さすが元番組プロデューサー。モンタージュへの興味は尽きない。

戸崎賢二                 川崎国語メディア研究会
  
カリスマ校長によって教師らは「教えることは学ぶこと」をより自覚した。熱い授業にぐっとくる。しかし、教師の学ぶべき、教えるべきはカリスマ的なものへのシンパシーとどう対峙する、あるいは折り合いをつけるかだとも思いません?

ももたろう              はなぶさ幼稚園お遊戯会 年長組

自分の息子がでているわけではないのに、目が釘付け。♪も~もたろさん、ももたろさん、の2番(替歌)♪ち~がいます、ちがいます、鬼は敵じゃありません、、、この熱唱には感涙。やられた。

斉藤環     東大メルプロジェクト

斉藤環観たさに上京。たった30分の語りだけで、他を圧倒し、早々と去っていった。デジタル機器を駆使したプレゼンと好対照をなすアナログプレゼン、というかただの語りにこそ惹きこまれる皮肉。カッコよさげでないカッコよさ。

以上、中山でした。



急告!研究所主催企画第10弾 



皆様、新年明けましておめでとうございます。
ちょっとばかり遅くなりましたが1月例会のお知らせです。
 
 今回は、「半歌仙を巻く」
   ―柿生の里 すーじぃ亭の炉を囲み―

 と題して、参加者と半歌仙18句を巻いてみます。
 
 日時:1月28日(土)11時半スタート

 場所:中山さんのお宅にて

 集合:小田急線柿生駅下車
    北口改札に11時集合


 
 会費:2~3千円 (学生半額)
 
 準備は何もいりません。メンバーや、柿生という土地へ挨
拶する気持ちで楽しみましょう。


俳文学者の尾形仂氏は『座の文学』の中で、「連句は、同席した連衆との共時的連帯と、
古典に現れた先人との通時的連帯を同時に体験できる文学」と位置づけました。
寺田寅彦や柳田国男も、連句に大いに関心を持っていました。
575に77を付け合う連句、さてどうなるか、当日をお楽しみに。




文責:遠藤