2006年1月10日火曜日

メディアトリップ2005

Kmnpasメンバーによるメディアの遠足レポート。
3行半でまとめてみました。時期は前後バラバラです。

母・肝っ玉とその子供たち    作 B・ブレヒト 演出 栗山民也  新国立劇場制作    
広い舞台がグランドゼロのようだ、とか、墓場のようだと評されているが、ほめ言葉が見つからないとしか思えない。寂しい。

シュテファン・バルケンホール    オペラシティアートギャラリーホール

大量複製技術時代のコピー作品がアウラを失ったのかどうかは知らないが、大木を彫刻した彼の作品はコピー不能。アウラの塊以外のなにものでもない。



動員挿話               作 岸田國士 演出 奥津篤史  新国立劇場制作
これほど直截な戦争批判の戯曲を書いた岸田がのちに大政翼賛会文化部長になるのだから、戦争とは親しくしたくない。奥津の演出も見事。



黒いチューリップ    作 唐十郎 演出 中野敦之  新国立劇場制作

唐の過剰なロマンティシズムが合わない体質であることを20年ぶりに再確認しに行ったようなものだった。ということは中野演出は唐風味をうまくだしたのでは?

盲導犬         作 唐十郎 演出 中野敦之  新国立劇場制作

ここでの扇情的なシーンにも自分の感情は全くついていかないのだが、それでも楽しめたのは主演女優にほれたからかも。



横須賀功光「光と鬼」            東京都写真美術館
      
あちこちに墓標のように作品が並ぶ迷宮仕掛け、しかも暗闇の会場で、あちこちさ迷う興奮を味わった。同じ写真でもその前後に何を見るかによって様々にイメージが変容する。

唐版・風の又三郎      作 唐十郎 演出 松本修  MODE+近畿大学
    
新宿の雑居ビル地下劇場でやるに相応しい熱気にアングラを感じた。主演女優の赤い下着と血しぶきがせつない。これを某国大付属高の芸術鑑賞会で見せた松本修さんはエライ人だ。

昭和電気 ナンセンスマシーンズ展     オペラシティアートギャラリーホール
              
愉快。難解なコンセプチュアルアートを笑いのめすかのようなダジャレマシーンに引き込まれる。シブい作業服ファッションは海外でどう評価されるのだろう?



屋上庭園               作 岸田國士 演出 宮田慶子  新国立劇場制作
哀れな女房が感極まってどっと涙を流してから0,5秒後の暗転終幕に、観客はみな息をのんだままフリーズ。闇に紛れて涙したのは自分だけではあるまい。


カルミナ・ブラーナ           振付 マリウス・プティバ  新国立劇場制作
バレエを読み解く力の全くない自分でも喪服の女の手足の動きには強く印象付けられた。彼女の手は不気味なほどに饒舌だ。 あのカーテンコールは虚礼ではないよね?


写真新世紀2005            東京都写真美術館
    
偶然会場にいたアラーキーが04準グランプリ川村の新作を評して、あざとさが前回よりも消えたと言っていた。なるほど、入念に演出されていながらサラッとしたタッチが絶妙。05では西野作品が好き。

ロッテ・ライニガーの世界         東京都写真美術館

映画の原点である影絵による映画作品。光と闇で成り立つ幻想的な切絵世界はドイツ表現主義の1ジャンルとして異彩を放っている。冒険譚の舞台として「ワクワク」が登場。

三人姉妹         作 チェーホフ  演出 坂口芳貞   桜美林大学OPAP

石川ひとみの演技は◎。3人姉妹も○。しかし、男子学生らが中年男の葛藤、屈折を演じるのはツライものがある。女は齢に関係なく世界の中心に近いからいいのだが、男はつらいよ、、、

アート・ミーツ・メディア            NTTインターコミュニケーションセンター
     
メディア・ミーツ・アートの方が自分には楽しめるかも。

越境するダンス           松岡正剛、勅使河原三郎ほか 
  
松岡正剛が司会というので聴きに行ったが残念。勅使河原三郎との対談だけが愉快だった。対談者の中では最も世界的なビッグネームなのに最も軽快であった。

コラボレートする身体   森山開次 宮崎秀人 能美健志 高田みどり  新国立劇場制作
森山の両生類的動きが、舞台をにおいたつ雨森に変えた。自由ですがすがしかった。一方、2番手の能美は高田の音楽の奴隷のようで哀れ。

NHK日本賞                NHK放送センター

欧州某メディア「チュニジア聾唖者たちの悲惨な状況を伝えるのにはドラマ仕立てではなく、ドキュメンタリーがよいのでは?」チュニジアプレゼンテイター「ドラマだからこそ観て貰えるのです!」 各国より拍手喝采。

舞姫と牧神達の午後    パク・ユースン キム・ヨンスンほか   新国立劇場制作
数組の男女ペアが次々に舞う中で、1組だけ舞姫、牧神ともに男?のペアはひときわ異彩を放っていた。パク&キムペアもさすが。

アルトゥロ・ウィの興隆   B・ブレヒト 演出 ハイナー・ミュラー   新国立劇場制作
白黒赤のスタイリッシュな美学。光と闇の白黒、ナチスの赤。血と情熱の赤。そして身体。アングラ以来の興奮だ。なによりも強烈な批判精神。喜んで拍手を送っている場合ではない。

谷口吉生のミュージアム        オペラシティアートギャラリーホール
        
MOMAの増改築コンペを勝ち取ったTANIGUCHIを知らなかった。知れてよかった。同ギャラリーでのジャン・ヌーベル以来の感動。

うら騒ぎ ノイゼズ・オフ    作 マイケル・フレイン 演出 白井晃   新国立劇場制作
前回の「コペンハーゲン」が圧倒的によかっただけに、期待しすぎた。面白いだけの芝居なんだが、そんなことは作者の狙いどうりなわけで、別キャストで見てみたい。

坂本バレエ発表会             グリーンホール相模大野
    
草野さん◎。全く鑑賞眼をもたぬ自分は、現前の演技よりも、彼女らのそこに至る過程ばかりが気になる。あの5歳の子があそこまで踊れるまでの家庭での悲喜こもごもは如何程かなあと。

箱根強羅ホテル   作 井上ひさし 演出 栗山民也   新国立劇場制作
  
緊迫感を感じなかったのは、主演女優と舞台装置と演出のせいだ。台本は絶対楽しくて哀しいはずなのに。<笑い>シリーズだけど笑えない。

花咲く港              作 菊田一夫 演出 鵜山仁   新国立劇場制作
台本、舞台、演出全てレトロで楽しめる。主役の渡辺は滑稽な演技が達者ではまり役であることは確かなのだが、逆に上手すぎて諧謔味が欠けた。

           作 フランツ・カフカ 演出 松本修   新国立劇場制作
  
夢とわかっていて、その夢から抜け出せない恐怖感。目的がない旅であることを知りつつ目的を求めるふりをする虚無感。予定調和を求めないからこそカフカは余韻が大きい。時折はさまれる字幕の間の沈黙もしびれる。

移動の法則              水と油   新国立劇場制作
 
2つのヒト・モノの間の関係性をひたすら問い続ける無言の演劇。抑制された演技、表情だからこそ惹きつけられる。しばし解散してもまた「水」と「油」がくっついてほしい。


神奈川県高校演劇大会              神奈川県立青少年センター
       
高校エンゲキはベタな演劇世界をつねに異化する分裂的な笑いにみちている。これは若者の平素のひとづきあいから容易に想像できる?青春って何だ!と叫ぶ若者がいるわけはない。

TV朝日スタジオ見学                六本木テレ朝
     
高校生たちを連れてスタジオ見学に出かけた。こちらは出るわけでもないのに本番の緊張感でガチガチなのに、出番数分前なのにわれわれに声を掛けてくる大和田獏らは百戦錬磨のプロだ。

民放連セミナー              平田オリザ ほか  
  
平田オリザがエビジョンイル、ナベツネを斬ると同時に日本のマスメディア業界のメディアリテラシーのなさを批判する舌鋒は鋭い。業界人からの反論をききたいもんだ。彼の敵は7人どころでないはずだ。

宇佐美昇三            川崎国語メディア研究会
    
氏が大学のサークル時代に影絵の巡業をしていたという話の枕はつかみバッチリ、さすが元番組プロデューサー。モンタージュへの興味は尽きない。

戸崎賢二                 川崎国語メディア研究会
  
カリスマ校長によって教師らは「教えることは学ぶこと」をより自覚した。熱い授業にぐっとくる。しかし、教師の学ぶべき、教えるべきはカリスマ的なものへのシンパシーとどう対峙する、あるいは折り合いをつけるかだとも思いません?

ももたろう              はなぶさ幼稚園お遊戯会 年長組

自分の息子がでているわけではないのに、目が釘付け。♪も~もたろさん、ももたろさん、の2番(替歌)♪ち~がいます、ちがいます、鬼は敵じゃありません、、、この熱唱には感涙。やられた。

斉藤環     東大メルプロジェクト

斉藤環観たさに上京。たった30分の語りだけで、他を圧倒し、早々と去っていった。デジタル機器を駆使したプレゼンと好対照をなすアナログプレゼン、というかただの語りにこそ惹きこまれる皮肉。カッコよさげでないカッコよさ。

以上、中山でした。



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