2006年8月17日木曜日

8/26メディアリテラシーの学校 もうすぐ!

屋代敏博(写真家)のワークショップ「回転回LIVE!」



藤村里美・石田哲朗(東京都写真美術館)のキュレーターズ・トーク「ものの見方をどう育てるか」



来る8/26 13:00~ 東京都写真美術館にて開催されます。(詳しくは当ブログ、別ページを)



回転をめぐるアンソロジー募集









「回転」と言えば、みなさん何を思い出すでしょうか?





レコード、地球、バレエ、コマ遊び、、エピソードを添えてコメントに





話題を提供してもらえませんか!





ちなみに私の場合は、、、









トルコの旋回舞踏





13世紀トルコのメヴレヴィ教団の音楽を再現したという2枚組のCDを20年くらい前に六本木WAVEで買った。らせん状に旋回しながら集団で踊り、踊るうちにトリップし、神との合一に至るスーフィーの神秘的な音楽。これは買うしかないと、興奮状態で買ったのだが、内容はまったく覚えていない。中古CD屋に売ってしまった。買い戻したい。













高速回転のコマ





ずいぶん前に新聞の科学記事で確かに読んだ。超高速回転させたコマの実験で、右回転させた場合だけ、コマの重量が0.00何グラムか分からないが、とにかく軽くなることが判明したと。左回転ではなく、右回転だけというところにとても惹かれた。重力に抗うなんてロマンチックではないか。でも南半球なら逆だろうか。定説にはなったという話はその後聞いたことがない。

































































































反時計まわりのトラック競技



陸上でもスケートでも、ローラーボール(懐かしい)でもどれも反時計周りだ。左右不均衡にできているヒトの体の生理にそのほうがあっているからだそうだ。雪原で遭難し、方向感覚を失ったものが、まっすぐ歩いているつもりでいつしかこの反時計周りに回ってもとの位置に戻ってしまうという。恐ろしい。けど、こんな大きな雪原日本にあるのか?





屋代さん、高校で回転



自分の勤務校に回転回の出前LIVEをお願いしてやってもらった。有志生徒が図書室に口コミで集まり、いつもとは違う活性化された空間が生まれた。回転している20秒間に、まったく時間が止まったかのような静謐な瞬間が訪れる。これはゾクゾクっと来た。参加者全員の回路がつながったかのような錯覚を覚えた。だから、先生も生徒も、いじめっ子もいじめられっ子も同時に参加することが大切だと感じた。





ちびくろサンボのトラたち



溶けてバターになるほど高速回転してしまったトラたち。タイガーバームはこのエピソードとは無関係ですよね?


2006年7月26日水曜日

7月例会報告



映像教育とは何か?





4本の短編作品を観ながら、みんなで映像教育の可能性について考えた。ここでの映像教育とは、映像を自ら創ることを主題とした教育である。



中澤さんの映像教育のねらいとは、次の4つ。



1 創造的な能力向上



2 情報処理的なスキルアップ



3 協同的な(コミュニケーション能力の)スキルの獲得



4 批判的な映像理解、積極的な社会参加





彼の実践発表を聞くにつけ、1~4の項目は見事に達成されていた。特に、生徒(+教職員)との協同作品である「THE通信制高校」においては、本人の予期せぬ形でいくつかの点が達成されたことの感動が伝わってきた。(もちろん、こうした事態は予期していたのであろうが)



映画を1本つくるという作業に1~4を達成させるネタがぎっしり詰まっているわけで、教員は映画作成のはじめのうちだけ「強いリーダーシップを発揮し、最後はフェイドアウトしていくのが理想形」(中澤)と言い切れるわけだ。さらには、「教員生徒ともどもスキルはあまり高くないほうがいい」(中澤)というのだから、映画つくりという高いハードルも挑戦してみようかな、という気にさせる。



 以下1~4をラフにまとめてみた。





1 創造的な能力向上



  従来型の講義型、知識注入型授業では、生徒は「面白さ」を教師に求めるだけで、自ら「面白がる」契機に乏しい。





2 情報処理的なスキルアップ



  情報処理能力も、与えられたプログラムを順次こなすやり方を否定はしないが、映画作成上の具体的な目的、課題点があってそれをどう処理するかというやり方は効果的である。





3 協同的スキルの獲得



  例えば出演者は、現場での共演者とのコミュニケーションをはじめとして、スタッフ、編集者、のちに作品を鑑賞する不特定な第3者とのコミュニケーションを意識せざるをえなくなる。撮影裏話に、人情話というか、ヒューマンドラマというか、熱いものを感じた。





4 批判的な映像理解、積極的な社会参加



監視カメラによって見られることばかりに慣れてしまっている現状を「野放しにする」、そんな状況に「麻痺している」(ともに中澤]ことからの第1歩として、自らカメラを持つことの意義は大きい。



また、作品を上映するまでのプロセスにおいても社会と関わらざるをえない。例えば、著作権、肖像権などにまつわる問題や情報倫理の問題なども含めて。





かように、従来型の視聴覚教育から大きく一歩踏み出した提案だった。





そのほか、こんな声もあった。





1 予告編を見て、それをドラマ化する(本編を作る)という授業も面白いのでは。





2 例えば「狡猾」ということばを映像で表現するという授業も面白い。そのことばを概念化させる過程、具体的な表現に変換する過程がスリリング。





3 カメラを持つと自分を第3者的な立場(ニュートラルな立場)に置くことはできない。





4 TAKE1,2,3、、、やっぱ1がいいんだよなあ~。(監督)







以上、考えさせられる情報満載のプレゼンでした。そして、次回作「恐怖のいつどこゲーム」への期待は大きく膨らばかりです。





このつづきは、9月9日、市民メディア全国交流集会での中澤さんによるプレゼンをお楽しみに。



(報告者:中山)









2006年7月9日日曜日

メディアリテラシーの学校 2006夏

2006.8.26(土) もうすぐ!!



1時間目  13:10~15:00



回転回LIVE!~屋代さんと一緒に回ってみませんか~
■屋代敏博氏(写真家)のワークショップ



地球が回る、電子が回る、山手線が回る、そして屋代さんも回る。
えっ?何で?あなたも回ればわかります。目からウロコが飛び散ります。



ワークショップ参加者は開場時間に必ずお集まりください。別会場に移動します。定員は30名ですが、ご来場いただいた方がなるべく全員参加できるようにいたします。



2時間目  15:00~16:30



ものの見方をどう育てるか~<高校×美術館>の可能性
■東京都写真美術館キュレーター・トークショー



同館キュレーターズチョイス展で活躍した藤村里美さん、石田哲朗さんによるキュレーターズトーク。
プロの目のつけどころ、編集作法について、実物をまじえながら語っていただきます。
いったい美術館というメディアはどんなものの見方を提示しているのだろうか。
一方、われわれはどんなものの見方を志向しているのだろうか。お二人のトークの後に、屋代さんも加わってもらい、質疑応答、意見交換をたっぷりやります。



2006年8月26日(土)13:00~17:00 開場13:00



東京都写真美術館 創作室  http://www.syabi.com
JR山手線恵比寿駅東口より動く歩道で徒歩7分
恵比寿ガーデンプレイス内



施設には専用駐車場はありません。お車でご来館の際は恵比寿ガーデンプレイス内の駐車場をご利用ください。



℡03-3280-0099



主催:かながわメディアリテラシー研究所
協力:東京都写真美術館
    PHaT PHOTO



お問い合わせ kmnpas6@yahoo.co.jp かながわメディアリテラシー研究所



<ご案内>
当研究所主催「メディアリテラシーの学校」も3回目を迎えました。今回は写真というメディアをもとにイメージリテラシーをみなさんとともに考えてみましょう。
写真に興味ある方はもちろん、アート教育、メディア教育に関心にあるかたは是非ご来場ください。
そんな関心がない向きにも、「屋代敏博(写真家)のワークショップ」はとっても楽しめ、アッと驚く企画です。
楽しみつつ、ひととひとのつながり、写真と実世界のつながり、写真家と被写体のつながり、過去と未来のつながり、時間と空間のつながり、など、ものーひとーことのつながりについて考えさせられます。



「東京都写真美術館(キュレーター)トークショー」も豪華な仕掛けが用意されています。
さまざまなイメージで溢れるメディア環境のなか、美術館というメディア、学校というメディアに何ができるのでしょうか。キュレーターの話が聞ける絶好のチャンスです。話の射程は限りなくひろいといえばひろい。そもそも、日本人はどんなものを見たがってきたのか、美術館で何を見たがってきたのか、、、



今回も質疑応答、意見交換の時間をたっぷりとります。屋代さん、藤村さん、石田さんにこの際きいてみたいとことをご用意ください。



タイトルに<高校×美術館>の可能性とありますが、高校に話題を限定しません。学校と美術館のコラボ、学校と写真家のコラボ、学校から大きくはみ出るのもまたよし、です。



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高校で行われた前回の「回転回LIVE!」の参加者の感想より(一部抜粋)



今まで僕は写真というものはその場その場の一瞬のシーンをとらえるものだと思っていましたが、こういうやり方もあるんだなぁと衝撃をうけました。



人があんな風にうつる事がわかり、アートの世界って何でもOKなのだと思いました。



映画「マスク」の変身シーンのようでした。



不思議な発想をもったひとだなと思いました。何でこんな写真をとろうと思ったんだろう、、、。



回転回ってどんなものかわからなかったけど、実際撮ってもらって写真を見てとてもおどろいた。カメラにも興味がわうたし、写真家っていう仕事にも興味がもてた。



笑いが止まらなかった。



とても不思議な体験ができて楽しかったです。



あの、、、先生は絵の具というか、ストレッチマンだった。



なんでこんなことをするんですか?



できた写真を見て、自分の身が軽くなったような気がした。



本当にあの人は有名なカメラマンさんなのでしょうか。



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 屋代敏博 プロフィール http://www.kaitenkai.com/



 「空間シリーズせんとう(銭湯)」、「太陽と鉄塔」、「回転回」とユニークかつ、コンセプチュアルな写真    
表現に挑戦し続けている。
とくに、「回転回」は観客参加型の「回転回LIVE」というアートプロジェクトへと進化。
「フィリップモリスアワード1998」受賞、「アルル国際写真展」「横浜トリエンナーレ2005」
 「OMI国際アートセンター スカルプチャーウィーク2006」などに出展。
また、最近では学校から「回転回LIVE」のオファーを受け、教育現場に新風を吹き込んでいる。



お詫び チラシに」「横浜トリエンナーレ2006」とあったのは「横浜トリエンナーレ2005」の誤りでした。



2006年6月30日金曜日

研究所主催企画第16弾

「メディアリテラシーを高校生にどう教えるか?」



改め「高校で映画をつくる」





報告者:中澤邦治



















私が勤める学校で映画製作同好会を立ち上げ、映画を1本つくりました。今回はこれを上映します。







ドラマ「THE通信制高校」(厚木清南高校映画製作同好会製作/監督:中澤邦治(顧問)/時間97秒)。わが同好会の第1回作品です。これを上映します。この作品は723日に開催される「第2回湘南映像祭」参加作品です。いわばその試写会という形です。







当日は監督(つまり私)のトークショーがあります。さらにスペシャルゲストとして出演者のひとりである、司書の小山峰子さんにもお越しいただくことになっています。舞台挨拶ということでしょうか。







最後に高校で映画(ドラマにしろドキュメンタリーにしろビデオメッセージにしろ)をつくることの意味について話たいと思います。























日時:721日(金)1830



場所: 相模原南新町児童館Map



小田急線相模大野駅南口、徒歩5分。南口を出て駅を背に直進、3つ目の信号「相模大野9丁目」、「アイ眼科」の角を右に入り、左側2軒目です































2006年6月25日日曜日

6月例会報告

アメリカの情報リテラシー教育"know it All"ビデオシリーズを見る



発表者は、神奈川司書界のGodmother、失礼、女神(?)高橋恵美子女史である。氏は某私立大の講師も勤めておられ、アメリカの学校図書館とそこで成される教育について造詣が深い。



今回は"know it All"ビデオシリーズ全13巻の中から、次の3本を順に見ていった。



    第12巻 協働して教える:探索の段階で



    第2巻 何をするかを知る



    第5巻 他の言葉で言う



 このビデオは、インフォメーションパワー(アメリカの学校図書館の基準であり、情報リテラシー教育の基準)を、実際に小・中学校の授業の場で生かすために作られたものだそうだ。



 視る側は、まず12巻から驚かされる。日本の小・中・高校の図書館ではほぼ許されない行為、例えば踊る生徒、座椅子に座る生徒、飲み物片手に議論する教師達が登場する。何の為に踊っているのか・・・・それは、図書室が発表の場であり、展示会場でもあるからなのだ。



 図書館での授業風景というと、日本でも普段の教室での黒板を向いたスタイルとは変わるものになるが、アメリカでは、百科事典類の資料と同様に、コンピューターが身近に置かれている点に特に違いを感じた。このビデオ、8年前の制作である。今の公立高校でもPCが置かれるようにはなったとは言え、数台のお粗末さ。それに比べると、さすがアメリカである。



 さらに、日本とは随分違うなーと思ったのが、教師以外のスタッフの多さである。実際、教師らしき人の見当はつくが、誰がスクールライブラリアンか、誰が親のボランティアなのか見分けられない。



 2巻と5巻は、仲良し女の子二人組と、男の子二人組を主人公にドラマ仕立ての構成。2巻は、授業で発表することになった女の子二人組が、「rubric」という手順をもとに、スクールライブラリアンの援助を受けて、よりよい発表を完成させるお話。5巻は、自転車道の移転を阻止しようと、男の子二人組が試行錯誤する過程で、よりよいスピーチの方法を学ぶというお話。どちらも、最近の学習指導要領で強調される「聞く・話す」力や、総合学習の発表を先取りしている感があって面白かった。



 出席者のコメントは、一気に総合学習における発表のありかたに集中した。米国では、小学生から毎週「show&tell」でスピーチ力を鍛えられるから、こんなことが出来るのではと言う意見、日本では、発表が主であるにも関わらず、テーマ決めに終始してしまいがちと言う意見、もともと聞く文化が育っていないのではと言う意見・・・。



 そして、何故、日本の高校生は自己表現できないのか?という問いかけに発展した。



 ここでゲストの五嶋先生(東海大学)から、「今、東海大学では、『読み、書き、調べ、スピーチ、発表、プレゼンテーション』の流れを常に重視しています」との言。氏はT学園中・高校の教師でもあり、 ひとりずつ書かせた絵コンテをグループに戻し、そのグループからひとりの作品に絞り、映像化を図るという実践で、空気を読む(!)生徒達を揺さぶっているそうだ。



 図書館は静かに調べ物をする場所でもあろう。しかし、調べ方がわからない、発表のしかたがわからないという段階にいる人々には、「rubric」のような手順が必要だと感じた。日本にはこういう思想がない。少なくとも、国語教育の中で、こういう視点で作られた評価基準はない。



 アメリカの学校図書館は、「学校の心臓」として、校内でもっともロケーションがよい場所にあるという。これだけでも日本とはかなり違った性格付けをされている。



 今、教育界はおかしなことになっているが、この停滞に風穴を空けるには、元気な司書を中心に、各教科の教師たちや多くの大人を巻き込んで、柔軟な学びの場として、図書館が機能していくことにあるのだろう。 



 高橋さん、発表お疲れ様でした。東海大の五嶋先生、ゼミ生の三重堀さんありがとうございました。  



                                            文責:遠藤智子



 



2006年5月24日水曜日

5月例会報告

CMを題材にメディアリテラシーを取り上げた4回の連続授業の実践報告である。教科は公民科「現代社会」。





授業1回目 CMと番組の関係



2回目 CMの演出分析



3回目 CMの制作



4回目 視聴率とCM





例会での活発な議論で、鈴木さんの授業実践がとても充実した内容だったということ、CMがメディアリテラシーさらには「現代社会」のネタとして恰好であることをあらためて実感した。





特に議論が多かったのは、生徒がCMを作り発表する「3回目 CMの制作」。



班ごとに学校紹介CMを制作する。秀逸なのは、紙芝居(いくつかあるサンプル写真から各班で選んだものを紙に貼付したもの)に各自ナレーションを付け、それをビデオ撮りするというアイデア。



5枚の写真の内容とその順番だけで映像部分を編集するという制約が面白い。およそ15秒CMは他の班が使った同じ場面が何度も出てくるわけだが、それでも「記憶に残る」CMというのがでてくる。





拙いナレーション(失礼!)の○○班のCMがなぜ記憶に残るのか?遠景から始まる○○班のCMが「内容がわかりやすい」となぜ感じるのか。そういえば、「大きな木が目印です」というジョークを入れ「注目する」CMを作る班もあった。 そのあたりを今回の例会参加者は「あーでもなくこーでもなく」いろいろ出し合ったわけだが、この「あーでもなくこーでもなく」といった批評にかける時間が実際の授業では時間の制約でとれなくて残念! もちろん、いちばん残念がっていたのは授業担当に他ならない。





授業では、他の班のCM発表に対する視聴者の評価シートが用意されていた。「注目するか」「内容がわかるか」「記憶に残るか」という評価項目プラス「コメント」。



で、この「コメント」っていうのが意外と書く側にとって難しい。「なぜ」と突き詰めてもいいんだが、空欄だけあるほうが面白いものがひきだせるのではないかという意見もあった。どうすると参加者の「コメント」がひきだせるかは、今回の授業に限らない、授業だけに限らない大切なところであろう。





また、「内容がわかるか」「記憶に残るか」のという班別発表への評価を 「2回目 CMの演出分析」で鈴木さんがとりあげた各社カゼ薬のCMに敷衍してみるとどうだろう。プロのCM(電気紙芝居?!)への評価と基本はそう変わらないのではないか。繰り返しになるが、3回目のCM制作はCM演出の本質を考えるための好材料だったといえよう。





そして、「内容がわかるか」「記憶に残るか」を教える側の日ごろの活動に対する評価として考えるとどうなんだろう?と白羽の矢を自分側にたてた議論で最後は盛り上がった。



 (長くなったので、他の議論は割愛御免。)



「授業がよくわかった」という生徒の自己評価・授業評価は、一体、何を以って授業がわかったのか?と本人は考えているのだろうか。例えば、「CMをちゃんと見なきゃいけないことがわかった」という授業の感想の「ちゃんと」とは? 「先生の授業はわかりやすい」といわれて悪い気はしないものの、「先生はわかりやすい」と言われているのだとすると、人間的な底の浅さを見透かされているようで複雑な心境になる。





「メディアリテラシーの○○がわかった!」ことによって「△△がわからなくなった」という構造は入れ子で、その知識レイヤーはグチャグチャに輻輳し、捉えがたいゆえに、評価をともなう教育の現場では扱いが難しい。と同時に、そこが醍醐味。





例会報告者である私は「メディアリテラシー?何が言いたいのかよくわかんないから、この授業失敗だね」なんて幻聴に苛まれている。(時々、これが幻聴ではないのだが、、、) 悪戦苦闘する同胞諸氏に最後、高橋さんから女神のご宣託が下された。





失敗するにも「失敗力」ってものがあるのだ。





失敗する覚悟なしに、現場での教えることは成り立たない。「失敗力」については今後、当研究所をあげての話題としたい。



(中山)







2006年5月22日月曜日

研究所企画第15弾

6月例会



日時:6月16日(金) 18:30~



場所:相模原市南新町児童館



「アメリカの情報リテラシー教育 “Know It All”ビデオシリーズを見る」



報告者:高橋恵美子



 アメリカの情報リテラシー教育と学校図書館の基準は一体のものとしてつくられています。インフォメーションパワーというのですが、そのインフォメーションパワーを実際に小中学校の授業の場で生かすためにつくられたのが、この“Know It All”ビデオシリーズ(全13巻)です。



 このビデオシリーズの12巻目、2巻目、5巻目を見て、アメリカの情報リテラシー教育の実際、学校図書館及び図書館員像、さらに教育のあり方を考えてみようと思っています。ビデオは1巻が15分、全編英語ですが、資料、解説も用意しますので、英語がわからなくても大丈夫です。むしろわからずに見て、どんな印象を持ったかを、まずは聞いてみたい。



 全13巻のうちの12巻、2巻、5巻は、特に日本の教育に欠けているところ(と私は考える)で、このビデオシリーズのエッセンスだと考えています。好評なら、第2弾もあり、かと。まずは、見てください。