2006年4月2日日曜日

メディアリテラシーの学校:春期講習 報告































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  321日(火)午後 新百合トウェンティワンビルで、かながわメディアリテラシー研究所第2回目のイベント「メディアリテラシーの学校:春期講習」が行われました。当日は、40人の会場に椅子を追加するほどの盛況で、講師のお二人にはとても時間内に答えきれない程の多くの、また示唆に飛んだ質問が寄せられました。以下では報告に加えて、時間内にご紹介出来なかったみなさまからのご質問をなるべく忠実に再現することにいたします。















◆1時間目「認知心理学から『読書』を考える」



講師:村田夏子氏



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「読んで理解する」とはどういうことなのかについて、 「テキストベース」と「状況モデル」というkintshの理論を使って説明がなされました。「まんがを読むのは“簡単”か?」という刺激的な問いかけに会場は静かに沸いていました。むしろ「記号の読み」能力が問われるまんがの読みの奥深さを、具体的な例を挙げて示していただきました。そして、文字に限らず、書かれた情報を読み解くことについて重要な2つポイントが提示されました。1つは「読書を含めた経験の重要性」、もう1つは「読書体験の共有」です。特に後者における手立ての1つとしての「読みにおけるモニタリングのサポート」については、具体的な取り組みが議論できそうな部分でもあり、フロアの関心を集めていました。







【1時間目の内容に対する質問】





■読解の中では、共感や感情はどのような位置づけにありますか?例えば、新聞の論調といわれるもの、市民団体が一定の目的を持って何かを訴えかける文章では感情がうまれてくると思います。これはやはり個人の経験に左右される状況モデルに含まれるものなのでしょうか?それとも文章を技術的に構成するテキストの内容によることになるのでしょうか?



■文学という表現自体が(そしてまんがもその後を追って)表現としての活力を失っていきつつあるとすれば、読書の重要性というものも一律には評価できないのではないでしょうか。/「体験」さえもが企業によってパッケージ商品化されつつある現代において、意味ある体験をするためにはどの様な点に注意すべきでしょうか。



■状況モデルが経験によって発達するということは生まれつきそのベクトルは「読む」という方向に向いているはず。それが読めなくなるというのはどこかでそのベクトルの向きが変わるということだと思います。それはいつどうしてでしょう?「状況」には読み手の「状況」というのも重要だと思うのですが、ここで言う状況モデルと読み手の状況はどういう関係?



■村田先生の本に松苗さんの分析があったのですが、ああいうものをあつめたテキストとか作らないのでしょうか?/読書体験の共有となると、また昔の伝統的な国語の授業に戻るのでしょうか? 私は中学校教師ですが火曜日の授業ではワンピの今週、金曜日はバガボンドのこれからについて話し合うのですが、これも共有っていっていいのでしょうか?/作文の型の問題・・・中学生だと、「言いたいことはぁ?」と言うと「ないでーす」と言われてしまうのも多く、型主義者でやってしまったりもするのですが(文章をいっぱい書けると親御さんもよろこんでくれたりするのです。)読みも「変化のポイントを見つけろ!」とか受験対策してしまったりして、読みの絶対自由を確保するアイデアとかありますか?あ、誤読ではなくって・・・。/ハチクロについてどう思いますか?(一昨日からいっき読みしました。)来年度の選択国語で授業化したいのですが・・・これはしつもんではないですね。



■ 画面と画面の間を推論する力が不足している場合に、どのようなアドバイスがよいか。(創造力をつけるためには?)/レポートが切り貼りのみで、自分の言いたいことが見つけられない生徒に、どのようなアドバイスが有効か?/モニタリングのサポートの具体的方法は?



     最近の学生は、発表にしてもレポートにしても、書籍やネットなどから情報をコピー&ペーストするのみで、というお話。どんなものでもよいということならば、必ず毎日、PCのメールや携帯のメールを読んでいる。メールを書ける(打てる)ということは状況モデルがあり、応用させているからだと思うがどう考えますか?メールを見るということは、読書とはなりえないのか?



     絵本についての認知心理学的おはなしをもっとしてほしいです。ex.絵本から本への移行(子どもの成長にともなう変化)/まんがばかり読んでいた小学生が、中学生になったらよく本を読む子になっていったという時の認知心理学的説明をおききしたいです。



■コマとコマの間、シーンとシーンの間の推論ができない学生が増えたとありますが、文章テクストでも行間が読めない学生も増えているでしょう。今、PISA型読解を育もうと文科省もやっきになって対策をたてていますが、これまで日本の教育は、推論、メタ的視点、クリティカルシンキングを育んでこなかったことが一因でしょう。この「推論」に関する研究ではどんなものがあるのかを教えてください。      









     2時間目 「“visual literacy”を母語学習の系統性から考える」 



   講師:奥泉香氏





Kmnpas321c 今や学習者がとり巻かれているテクストは、単に文字だけとか映像だけということではなく、文字、映像、音声などが高度に複合化されたテクストだという現状があります。その事を踏まえて、奥泉氏は、特に母語教育において新たに意識すべき学習内容として「映像+文字テクストの読み解き発信」と「文字テクストにおける視覚的側面の読み解き発信」の2つを提示しました。そうした学習内容をすでに系統的に母語学習のカリキュラムに組み込んでいる西オーストラリア州などの例を具体的に紹介していただきました。そして、これまで奥泉氏ご自身がカリキュラムを研究し、実際に授業も観察してこられた国々に共通する母語学習における“visual literacy”の系統性が4段階で示されました。



第1段階:構成要素の意識化/経験を用いた解釈



2段階:映像分析技術と効果/テクストの種類や特徴 



3段階:対象視聴者や意図との関係で吟味・評価



4段階:社会・文化的な文脈、背景も含めた批評



 日本でも第1段階と第2段階は単発的には行われているが、第3段階、第4段階が重要で、そこに至るためにも学習内容の系統的見通しの必要性があることが強調されました。



 1時間目の内容と激しく呼応する部分があり、さらにセンダックの『かいじゅうたちのいるところ』や手塚治虫のマンガでフレームの使い方を具体的に見せていただくなど魅力満載で、もっとゆっくり話が聞きたいとの声がフロアからも多く聞かれました。





































































































【2時間目の内容に対する質問】





■ビジュアルな表現や読み取りはむしろ日本人の得意な領域であったのではないかと思うが、それが新しい教育の目標になるということは、従来型の日本的コミュニケーションの枠を超えた読みとりの能力が求められているということになるのでしょうか。



■カリキュラム改訂の説明で「諸外国」=イギリス、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、英語圏だけを「諸外国」と言い換えてよいのだろうか?(批評をひき出すためのしかけだろうか? アングロ・サクソンonly  外国なのか?)英語圏以外では、どのような状況なのだろうか? また、民族・文化・マイノリティ(たとえば黒人、ヒスパニック、アボリジニー、ムスリム、アメリカやイギリスでは、少数派ではなくなっているけど)に対して、メディアリテラシーは有効なのか?



■看図作文についてどう思いますか?/ギャラリートークとか、評価むずかしいんですけど諸外国でどうやってますか?



■日本はこれからということで、遅れているのか?実際のカリキュラムとして整うのはいつ頃になるのか?



■紹介された各国にはvisual literacyの導入以前に、状況論的学習論に基づく学習者の状況に目を向け、その状況に埋めこまれた意味の解釈を学習して考える姿勢があったように思います。その点が日本ではたいへん心もとないと思うのですが、その時に提案された系統の見直しの導入の留意点はどのような点だと考えますか。









     3時間目 討議:「学校教育にメディアリテラシーをどう組み込むか?-広い意味での『読むこと』をてがかりに」









 発言をして下さった方々の興味関心は、大きく3つに分けられたと思われます。「読書教育」「国語教育」「メディアリテラシー教育」の3つです。これをどれか一つの視点、例えば「メディアリテラシー教育」の視点で語り合うには時間が短く司会は非力、そしてフロアが熱かった!それでも重要な論点はいくつか明らかになったと思われます。





1.メディアリテラシー教育は必要か?必要だとしたら何故必要か?



      日本ではビジュアルな表現や読み取りは得意だったが、系統的に教えて来なかった。そしてもともと批判力はあまりなかった。論理的な思考も得意ではなかった。だから、系統だったメディアリテラシー教育が改めて必要なのでは?



      多様な考え方を知ることが何よりも必要だ。それは「読みの共有化」のように学校教育の中でこそ可能な学習で得られるものだと思う。





2.読書をどうする?



      複合的なメディアを読み解くことも必要だが、本という抽象性が高く明示的でないものを読み解くことをどう「教える」かも重要だ。



      今まで「言わずもがな」のハイコンテクスト文化に浸ってきた人はずいぶん損をしてしまっているのでは?「言わずもがな」を読む訓練が必要になって、共有出来るのは「言葉」しかないことに気付いた時に本を読む力はどうしても必要だ。



      「読みにおけるモニタリングのサポート」を有効に行うためには、教師だけではなく、学校図書館の司書のような存在が是非とも必要だ。



3.日本の国語教育の問題



      「言いたい事を言えない経験」を子どもが沢山出来る環境が必要。伝え合うことの訓練のために。



      「テキストベース」を作ってしまえば終わりではなく「状況モデル」を作るまでの学習にする必要があるのでは?









【感想】





●日本でメディアリテラシーが根づかないのは、日本語で、日本文化・社会を背景として、教育されているからではないかと思う。
絵ときの文化  日本にも、むかし地獄絵を読み解く教育があったと思う。紙芝居もリテラシーかなあー。
メディアリテラシーにも2つの領域があると思う。



 1.テキストベース-「技術」への理解
 マンガ  線、形、色合い
 映画  カメラアングル、カキワリ、光 など



 2.状況モデル-「内容」



  文化・社会・心情への理解 





遠く茨城の那珂市(水戸の上)から来てよかったです!村田先生の本のファンだったので、ただで(!)講演が聴けたのがよかったです。さらに奥泉先生のお話は言語教育とアートの融合(大ゲサ!)をひょーぼーしている私としてはとてもとても参考になりました。校長におこられながらも「絵語り」とか勝手に授業を創ってやってる身としては世界レベルではおいらのほうが正解!って安心(←誤読だ!?)しました。あ、あと3時間目の司会の先生ごくろうさまでした。水戸の国語のあつまりはさらにもっとだまっててつまらんですが、都会のフロアの先生方すごいですねえ・・・。ちなみに司会の時、私は近くの机の人と5分とか話させてから、意見交換をさせます。するとしゃべれない人もしゃべれるようになりますね。くらくもなんないし。あ、自分の、どうやったらもっと読むようになるか?という問いに対して、自分は、あるテーマをしぼっての読書紹介(人生とか賢治先生とか)俳句、短歌、詩の多読→鑑賞の発表会(佐藤通雅とかみつけんですよ、中学生が・・・。あと批評精神については、ツッコミ作文(宇佐美寛先生のじっせんをかなりパクッたもの)、テストリテラシー(この受験問題のここがダメ!)ってのをやってますけど校長に叱られて泣かされました。本日は本当にありがとうございました。



●途中からしか参加できなくてとても残念でしたが、メディアリテラシーが学校教育に必要なのかどちらかなどについていろいろな方の意見が聞けてとても勉強になりました。また参加できる機会があったら生きたいと思っています。ありがとうございました。



●講義を少なめにしてdiscussionの時間を多めにとった方がいいと思いました。「国語の授業が限界・・・」とおっしゃる、ああいう先生の声に応援していける研究会になってほしいかな。皆さん興味の最終的なところは「学校で」だと思うので。最後、学校の先生の話がたくさん出てきて安心したかも。



●3時間目があることが非常によかったと思います。出た問題点を継続的に組みこんで下さい。



●とても勉強になりました。今までの自分の授業の内容を先生方のお話から振り返ってみて、やれていたこと、まだできていないこと、気づきもしていなかった事などがかなりはっきりしてきました。今年度、国語表現Ⅱを担当して、そこに「メディアリテラシー」の単元があり、(最初はそれほど興味が湧かなかったのですが)教材研究をしていくにつれ、その重要性に気付きました。十分な教材研究ができなくて、今年はサラッと扱ってしまいましたが、来年はじっくりと系統立ててやってみたいと思いました。



●タイムリーな話題でしたので興味深く伺えました。ただ、参加者の文化的ベースもいろいろで、何をどう共有化していくかが難しかったですネ。「言語」についての共有化すること、共有化することが批判する力をつけることなど、改めて考えていきたいと思います。



●リテラシーという言葉がさかんに使われるようになった今、平時の教育改革中の日本が改革の速度を早め、リテラシー教育を取り込んで行くことができればいいなあと思う。



●とてもおもしろかったです。メディアリテラシーの実践を進めていると、必ず状況論的な学習のとらえを認めざるを得なくなります。そのことにいろいろな人が気づいているということを改めて確認できました。



●討論の時間にかなり理解が深まった。やはり「共有」することは大切だと思う。講義だけでも面白いが、3時間目が設定してあったことは大変よかった。



●とても興味深いお話でよかったです。教育政策や学校文化についても深められるとよかったです。



●1時間目 非常に興味深いものでした。ソフトな語り口も魅力的で勉強になりました。2時間目 むずかしい内容でした。西オーストラリアカリキュラムのフレームワークの訳の説明を詳しくして欲しかった。3時間目 大変有意義でした。ありがとうございました。



                (文責 松田ユリ子)     





                                          









   















研究所主催企画第13弾 

4月定例学習会のおしらせ



日時:4月21日(金)18:30~



場所:相模原市南新町児童館  (小田急線相模大野駅南口徒歩5分 目印は「アイ眼科」です。駅を背に直進。3つ目の信号「相模原9丁目」、「アイ眼科」の角を右に入った左側2件目です



参加費無料



「5-7-5の編集ルールで世界を切り取る」



レポーター:遠藤智子



多種多様な情報の渦の中に私たちは生きています。そして意識するとしないとに関わらず、その情報をなんらかのかたちに編集して受け取っています。さて、今回は、5-7-5という伝統的な”型”で、目前の「物」を編集してみましょう。「言葉で物を写す」ことは、写真や絵画の方法とどう違うのでしょうか? ”型”でできること、できないことは? ”型”は足かせなのでしょうか、はたまた無限の可能性を秘めた装置なのでしょうか? 参加者の皆さんとともに楽しみつつ考えたいと思います。 てぶらでおいで下さい。



2006年4月1日土曜日

「The通信制高校MOVIE」シナリオ(第1草稿)

所員の中澤です。私の勤務する学校(通信制高校)で映画作りの部活をつくり、映画作りを通して生徒の生きる力を培い、さらに生徒同士の交流を図りたいと思いました。撮る側と撮られる側の。生徒と先生の。この映画を作る側と見る側の。通信制を知らない人の側と知っている人の側の。通信制を見て見ぬフリをする人の側と通信制に心を砕いてくれる人の側と。通信制高校を差別する側とそれこそ教育の原点が在るといって受け入れてくれる人の側と。すべての分け隔てを映画と映画作りが取っ払ってくると信じています。知ろうとする心が偏見や恐怖や不安を脱ぎ去ってくれます。知とそれを表現する意志と技術、気持ちさえあれば。大切なものです。本校のS君という3年生がシナリオを書いてくれました。以下そのシナリオ原案です。
 さらにおまけとして言えば、このプロジェクトが「市民メディア全国集会」(この9月に横浜で開催される)の提案の一つに発展していけるといいと考えています。生徒による上映と発表です。しかも通信制という普段陽の目を見ない高校での活動を知ってもらうことによって私たちも学習をしている、生きている、という証を確認したい、これは人間としの本源的な欲求です。



<strong>第1草稿</strong>



キャスト



 女神(先生) 不登校になる生徒 仮・勉 つばめ
弟拓也 Ca(A)  その他未定



(落ちたつばめの巣を悲しげに見つめる女神)
オープニング



(働いている勉。)
Ca A 先生また? あいつもう来ないよ!
女神   でも・・来て欲しいんだ~ ごめん2何だっけ?
Ca A 何でそんなに来なくなった奴に執着するんだよ!
(思い出す女神)
回想 
勉    今年もまた来るかな~つばめ。
女神   来るわよ(笑)私が待ってるんだから~
勉    つばめに解るの?
女神   解るわよ~きっと
      回想明け
女神   物事には理由があるのよ きっと全てに。
Ca A へ~ よく解らないけど・・・まあ俺もあいつの事
よく知らないし・悪って決め付けるには早いっか~
      別テイク
(勉の働く工場)
Ca A へ~おまえここで働いてるんだ~。
勉    おまえ誰だ?何の用だ?
Ca A まあそうツッパンなって~、事務の人に聴いたら
ここで働いてるって教わったからさ~。
(勉 だから!っと言いかける。)
Ca A おまえ何で学校来ないの・ってか何で辞めたの?
勉    (笑)フッ おまえ直球だな~。
      別シーン回想
(女神の回想)
女神    拓也明日から高校生だね(笑)
拓也    高校生か~、俺サッカー部に入るんだ~。
      それにバンドとかもやりたいな~。
女神   勉強もね!(笑)
      黒い画面 効果音のみ。
(キーッ ガシャーン  サイレンの音)
女神   拓也~ (叫び)
      別シーン
Ca A おまえ学校来いよ!
勉    フッ 何でだよ!それにおまえに何の建言がある。
Ca A あるさ! 
勉    セリフ無し。(ん・と言う表情。)
Ca A クラスメイトだからさ!
勉    は、おまえ何言ってんだ。
Ca A 高校生活なめんなよ!何にも知らない奴らが集まって
     泣いたり笑ったり学んだり失ったり、どんだけ大切な時間
か、こんなに沢山の人間が一つの事を目指し集中する機会なんて
ほか無いぞ!
勉    おまえらと違うんだよ社会人なんだよ!
Ca A 何が違うだ!高校生だろ逃げんなよ!この3年間にどれだけの
     大切なもんがつまってるかおまえわかんのかよ!自分で高校行くって
     決めたんだろ!もっともらしい理由つけて逃げてんじゃねーよ!
勉    おまえ何が解る?!
別シーン
     (落ちたつばめの巣を見つめる女神)
女神   来るかな~。 
     (つばめが横切る。)
女神   あ~ 来た。
Ca A え~ 何が?
女神   (笑)(女神の笑顔アップ)
     (正門から苦笑いでゆっくり勉が歩いて来る)
           完
さて、それを中澤のほうで構成して、以下のようなシナリオとなりました。(2006年3月31日段階)
これがまた新学期に検討の末最終稿が作られて、撮影となります。





<strong>『THE通信制高校』(仮題) シナリオ </strong>(S君の原案を中沢が構成)



(あらすじ)通信制高校にはさまざまな事情を抱えた生徒が学んでいる。
主人公の勉は、両親の離婚・経済的理由で通信制高校に通っているが、最近すっかりやる気を失くし学校をやめたいと言っている。不登校になってしまった勉は、友達の励ましもいっこうに耳をかさない。図書館の司書の女神先生も大変に心配していた。彼女は本を勉がなかなか返却しないという仕事上の理由だけでなく、勉が彼女の弟とまるで双子のように似ていたからだ。実は女神先生は弟拓也を昨年に交通事故でなくした。だからこそ弟拓也の面影がある勉に立ち直ってほしい。そう思う女神先生は勉にある特別な贈り物をした。そしてその贈り物が彼を学校にもどるきっかけを与えることに…。彼を迎える仲間たち。
彼らは再び以前のようにバンドを続けようと誓うのであった。



所要時間 10分



キャスト



勉(不登校気味の生徒)
Ca(A) (勉の友達・親友)
Ca(B) (勉の友達・バンド仲間)
女神先生(図書館の司書) 
Ca(女子C)(図書館のカウンターの手伝い・バンド仲間)
     その他アンサンブル同好会の部員
     今津先生(特別出演)



シーン1
(学校の全景)(通信制スクーリング風景)
シーン2
(ピロティー付近)
(朽ちたつばめの巣を悲しげに見あげる女神、そこにCa(A)
が返却する本を携えてやってくる)
女神   ツバメもどってくるかな
Ca A 一度壊れた巣にはもどってこないっていいますからね。
女神   …… (本を見て)返却ね、図書室に行きましょう。 



シーン3
(廊下を二人で歩きつつ、長い会話、階段を上り図書室へ)



女神   通信制は日曜日大変ね。
Ca A そうでもない。部活もあるし、仲間に会えるから
     いいですよ。家でやるレポートのこと考えれば、日曜日
はスキだな。
女神   レポートって大変なの? 自学自習なのよね、通信制って。そう言えば
     木下勉君、同じクラスよね。彼、なかなか本返してくれないんだけど。今度会ったら借りた本のこと言っておいてくれない。
(階段途中、CaAクローズアップ)―緊張感がみなぎる。
Ca A 先生! あいつもう来ないよ。
(立ち止まる二人)
女神   どうして?
Ca A もうバンドも解散だ。 みんなあいつが悪い…
(また歩き始める)
Ca A でも・・来て欲しいんだ~ 
女神   物事には理由があるのよ きっと全てに。
Ca A へ~ よく解らないけど・・・まあ俺もあいつの事
よく知らないし・悪って決め付けるには早いっか~



シーン4
(図書館内)
(カウンターにはCa(c)が当番をしている)



女神   どうもありがとう。
(Ca Cは女神先生と入れ替わる。Caは本を返す。窓際のテーブルに座る先生を発見する。声をかけて近寄る。先生に促されて向かい合って座る。) 
今津先生 どうだ病気のほうは。ちゃんとお医者さんの言うことは聞かないとな。
特別講義だ、詩を読もう。
Ca A 今日は何の詩ですか?
今津先生 西脇順三郎詩集です。「この村でラムプをつけて勉強するのだ。『ミルトンのように勉強するんだ』と大学総長らしい天使がささやく。だが梨のような花が薮に咲く頃まで狩人や釣人と将棋をさしてしまった。すべてを失った今宵こそささげたい、」(フェイドアウト)
(カウンターから見守る女神先生)



シーン5
(部室のなか)
(CaCが女神先生から聴いたことをバンド仲間に吹聴する)
Ca C 先生ね、弟さんを去年なくしたんだって、その弟さんが勉君にそっくりなんだ
って。何でもオートバイの事故らしいよ。その弟さんはバンドでベースをやっていて、けっこういいセンスしていたんだって。プロを目指していて、音楽事務所からも声かけられていたんだって。その弟さんにそっくりだから勉君を見た時(カウンターで本を借りる回想シーン)本当にびっくりしたって。だから先生は勉君に早くに立ち直ってほしいんだって。先生からその話を聞いてて私、ほんとうにそう思った。



Ca A 何でそんなに来なくなった奴に執着するんだよ!
(この一言でみな凍りつく)
(喧嘩わかれしたときのことを思い出すCaA)



シーン6
(回想シーン 場所未定 部員たちが取り囲むなか)
Ca A おまえ学校来いよ!
勉    フッ 何でだよ!それにおまえに何の建言がある。
Ca A あるさ! 
勉    セリフ無し。(ん・と言う表情。)
Ca A クラスメイトだからさ!
勉    は、おまえ何言ってんだ。
Ca A 高校生活なめんなよ!何にも知らない奴らが集まって
     泣いたり笑ったり学んだり失ったり、どんだけ大切な時間
か、こんなに沢山の人間が一つの事を目指し集中する機会なんて
ほか無いぞ!
勉    おまえらと違うんだよ社会人なんだよ!
Ca A 何が違うだ!高校生だろ逃げんなよ!この3年間にどれだけの
     大切なもんがつまってるかおまえわかんのかよ!自分で高校行くって
     決めたんだろ!もっともらしい理由つけて逃げてんじゃねーよ!
勉    おまえ何が解る?!
(勉、レポートを空中にバラ投げるorベースギターを投げつける叩き壊す)



     …………



(再び、部室のなか)
Ca C でね、先生にそのこと話したら先生ね、弟さんのギターを勉君にあげてもいい
って言ってくれたの。そうしたらまたバンドできるねって。私超うれしかった。後で聴いたら先生、勉君のバイト先にギター持っていったんだって。訳を話したら勉君ありがとうって受け取ったって。でももらったんじゃなくて、借りとくことにするって言ってたらしいけど。やっぱりバンドやりたいんだよ。 
Ca B やるか!一丁!!
(ひとりCAAのみ浮かない顔)
Ca B お前の病気は怖いから、無理するなよな。
Ca A わかってる。(うなだれる)



シーン7
(学校の校舎)
(図書館のある4Fの窓から外を見るCAAと女神先生の2人)
(丹沢山塊を望む)
(図書室内窓辺)
勉    今年もまた来るかな~つばめ。
女神   来るわよ(笑)私が待ってるんだから~
勉    つばめに解るの?
女神   解るわよ~きっと
     今日はこらからバンドの練習でしょう。
Ca A そうだけど…。
(携帯が鳴る。うんうんと返事を言って、廊下へ。)
(再び、図書室に入ろうとして女神先生に明るく)
Ca A じゃあ。
女神   いいことあったかな。 



シーン8
(ピロティーに集まるバンドメンバー)
Ca B 来るかな~
Ca A 来る来る。
(女神4Fの廊下を本をたくさん持って歩いて窓から何かを見る。 
(つばめが横切る。)
女神   あ~ 来た。(笑)(女神の笑顔アップ)
     来たよう。(と、下にいるバンド仲間に声かける)
Ca A え~ 何が?
(正門から苦笑いでゆっくり勉が歩いて来る)
(ギターを高々と掲げる)
                      完



2006年3月23日木曜日

メディアリテラシーの学校:春期講習終了!

村田夏子先生、奥泉香先生をゲストスピーカーにお迎えした「メディアリテラシーの学校:春期講習」は終了しました。ご来場のみなさんは両氏の話をどう読み解かれましたか?是非コメントをお寄せください。
各人各様の読みの共有化。で、いったん共有したものを自分にフィードバックすることでさらに深まる読み。豊かな読書経験はこのスパイラルアップから生まれる。という村田先生の話は奥泉先生の話にも通底していましたものね。(この念押し、読みの押し付けが日本の教師の悪い癖?)
また、こうしたスパイラルを学校で具体的にどう画策していくのか、授業でどう方法化、演出していくのか?実践例をいろいろ出し合うこともやっていきたいところです。
われわれの例会では、こうした営みを細々とはやっているのですが、今回のイヴェントをきっかけに、情報交換のメディアとしてさらに充実していきたいと思っているしだいです。
というわけで、コメントを寄せてくれると嬉しいです。
因みに4月の例会は「詠み」です。顔色読む日本、背中読む日本いまいずこーという不安の声が聞こえる中、ここで俳諧の「詠み」をやるのもなかなかチャレンジングで面白いと思いませんか!(中山)

2006年3月8日水曜日

研究所主催企画第12弾 その2

3月例会のおしらせ その2

日時:03月10日(金)18:30~
場所:相模原市南新町児童館
   (小田急線相模大野駅南口徒歩5分 目印は「アイ眼科」です。駅を背に直進。3つ目の信号「相模原9丁目」、「アイ眼科」の角を右に入った左側2件目です。)
参加費無料

「フィンランド教育事情」
お話の概略は次の通りです
1 フィンランドという国 -民族、言葉、土地
2 私とフィンランドの出会い -自然、音楽、建築、デザイン、文学への興味、そして1985年夏初めての訪芬へ
3 南カレリア地方の町Parikkala -来なかった乗換え列車と幸運な出会い
4 フィンランドの学校教育 -教育制度、教師たちの生活、Parikkalaでの小・中・高等学校訪問、授業見学と生徒たちとの交流
5 フィンランドのメディア教育 -Parikkalaの基礎教育学校の実践例

乞うご期待

2006年2月19日日曜日

研究所主催企画第12弾

3月例会のおしらせ

日時:03月10日(金)18:30~
場所:相模原市南新町児童館
   (小田急線相模大野駅南口徒歩5分 目印は「アイ眼科」です。駅を背に直進。3つ目の信号「相模原9丁目」、「アイ眼科」の角を右に入った左側2件目です。)

「フィンランド教育事情」
講師 県立高校教諭 髙橋 茂樹
 フィンランド人は自国のことを「スオミ」と言います。学校教育は大学まで無料です。ノキア社長の「社長にならなかったら教師になりたかった」と言うセリフが、教師の社会的ステイタスをうかがわせます。昨年来日したハータイネン教育大臣は「教師に最も必要なことは、人の話を聞くことと柔軟性だ」と語りました。周知の通り2003年のOECD生徒の学習到達度調査(PISA)において、フィンランドはトップクラスの評価を受けました。
 講師はフィンランド小学校で授業を見学したり、参加したこともあります。豊富な経験と知識に裏付けられたレポートはとても楽しみです。もちろんメディアリテラシーの関わるお話も聞けることでしょう。
 3月10日(金)、18時30分から開催、参加費無料です。

2006年2月5日日曜日

kmnpasイベント第2弾 「メディアリテラシーの学校:春季講習」のおしらせ

「メディアリテラシーの学校:春期講習」3月21日(祝) 時間割

□1時間目 13:30~14:30 

「認知心理学から『読書』を考える」
講師:村田夏子氏
 和洋女子大学人文学部助教授 

≪内容≫:認知という観点から読書を考えると―読んで理解する
とはどういうことか?/まんがを読むのは”簡単”か?/
書かれた情報を読み解くことについて―文字と絵の比較
など

□2時間目 14:40~15:40

 「“visual literacy”を母語学習の系統性
から考える」
講師:奥泉香氏 
学習院女子大学講師

≪内容≫:イギリス、カナダ・オンタリオ州、西オーストラリア州等の
母語カリキュラムにおける“visual literacy” の組み込み方とは?/
またそれらに共通する系統性の方向とは?
など


□3時間目 15:50~16:50

討議:「学校教育にメディアリテラシーをどう組み込むか?
―広い意味での『読むこと』を手がかりに」


≪内容≫:まんがや絵本、映像などの視覚的メディアも含めた 広い
意味での読書とは?/それを、各教科や学校図書館がどのように
コラボレートし 学びに組み込んでいけるか?
など


村田夏子氏(和洋女子大学人文学部所教授)
専門は教育心理学および認知心理学
主な著書 『読書の心理学』(サイエンス社 1999)
1995年 日本読書学会研究奨励賞受賞

奥泉香氏(学習院大学講師・今春から他大学) 
専門は国語科教育およびメディアリテラシー教育
読書へのアニマシオンについても、2000年、2004年とスペイン・
La Asociacio'n Cultural Estel において、80時間講習を受講・修了。
また、児童書の蔵書数やそれらを用いた教員研修で定評のある
National Centre for Languageand Literacy(The University of Reading)
において、2004年研修・修了。

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「メディアリテラシーの学校:春期講習」へのお誘い
kmnpas(けむんぱす)「かながわメディアリテラシー研究所」は、
メディアリテラシー教育に関心を持つ神奈川の高校教職員らが
ゆるやかにつながった研究グループです。毎月、現場感覚/ライブ
感覚があふれて止まらない一般参加型の学習会を行っています。

ゲストをお招きしてのkmnpasイベント第2弾は、「メディア
リテラシーの 学校:春期講習」です。
今回は、認知心理学の分野で「読書」を研究されている村田夏子氏
と、国語科教育の分野でメディアリテラシーとりわけ“visual literacy”
の カリキュラムについて研究をされている奥泉香氏をお迎えして、
視覚的な読み解き・発信を含めた「読書」 を、認知と教育の両面から
考えてみたいと思います。
お二人の問題提起をふまえての討議は、参加者全員でまんがや絵本、
映像などを含めた広い意味での「読むこと」を手がかりに、
「学校教育にメディアリテラシーをどう組み込むか?」をテーマに
行う予定です。さて、どのような化学反応が起こりますかお楽しみに。
多数のご参加をお待ちしています。

日時:2006年3月21日(祝)午後13:30~17:00 <開場1時>
場所:しんゆり21ビル会議室(小田急線新百合ヶ丘駅北口徒歩2分)
http://www.asao-shakyo.com/others/access/access.html

入場無料 予約不要

お問い合わせ kmnpas6@yahoo.co.jp
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